久しぶりにカチン�ときた。これは書き残しておきたい。
 
「あなたは見てないから、どれだけ大変かわからないでしょ。」
母がよく私に言うセリフを今朝も言われた。
 
似たセリフで
「あなたはやらないから、どれだけ大変かわからないでしょ。」
というのもよく言われる。
家族6人分の洗濯を母はとても苦痛に感じていて、私達が、母のしてくれることに《感謝していないし当然だと思っている》と思っているらしい。
 
そんなことはなくて、感謝してるし、母が洗濯担当だとも思っていない。
 
時々(いつもじゃないケド)
「ありがとう、助かるよ」と気持ちを言葉に出すし、「そんなに大変ならがんばらなくていいよ、私達がやるから。」とも言う。
(実際はこんな優しい言い方でなく「じゃあ、やらなきゃいいじゃん」とか言うケド)
 
『そんな言い方じゃ、お母さんかわいそうだよ』と思うでしょ。
 
でも
どうしても優しい言葉をかける気持ちになれない。
 
だって、やりようで大変じゃなくなるって思うから。たとえば、食器洗いなんて、以前は母がためておけない性分で、洗いながら大変がっていたけど、何度か「すぐ洗わなくてもいいじゃん」と言ううちに、なかなか洗わなくなった。
 
食器洗いに関してはだんなもほとんどやらないので、最近は私がイライラしながら洗ってる。
つまり、洗濯もやらなければいいんだし、私やだんなもたまにやってる。
 
だんなはもう1年位になるかどうか…洗濯を進んでやるようになった。くせがあって、全部やるわけじゃなくて、自分の作業服+次女関係に限るけど、少し洗濯物の山が小さくなる。そして、だんなの場合はテレビを観ながら干すので、だんなにとっても気づけば終わっているという感じで大変がることがない。
 
私が洗濯するのは、�気が向いた時(全量)�山が気になる時(全量)(母が気にしそうなほどたまり気味で、私に時間的にも余裕がある時に限る)この2パターンだ。
 
どうしてかというと、�気にならない日もある�時間的に無理な日もある�母がよく私の干し方にケチをつけて、やり直す
 
そういうわけなので、実際に母が一人で洗濯物を片づけているわけじゃないし、自分流でなければ気に入らないというところがあるので、私がやっている横から「干す順番分からないでしょ。やるからいいから!」とむしり取られたりもする。
 
そうなると「じゃ、好きにすれば!その代わり『はあ~大変だ』とか言わないでよ!」という気持ちになるし、「ありがとう」という言葉は出てこない。
 
…わかってます。
認めて欲しいとか、感謝して欲しいとか、私のやり方が一番というキャリア、そういう母の気持ちはわかる。
 
私だって「ありがとう」って何の抵抗もなく心から言える関係でありたい。
 
でも『感謝しなさいよ』『あなたのためにやってあげてるのよ』みたいなお仕着せが鼻についてたまらないんだよ。
 
はあ~母が姑だった方がまだあきらめがついたかも。
 
でも、ギクシャクは娘達に無用な気遣いやストレスを強いてしまうから、これでもなるべく我慢してるつもりなんですよ�
なんとかしたいよぉ~�