タイトルに書いたことが全ての修行になります

常日頃定石として行動し言っていることも、場合によっては変える必要があります

例えば、命は尊く大事にしなければいけません

大義名分ですね

じゃあ16才位で、無理矢理不義があって妊娠してしまい、家庭も両親揃ってなくて社会的に付き合いもほぼ皆無だとして、命は尊いから産むべきとは今の私は言えないです

私が高校生の頃はそれでも産むべきで、育てられなければ施設でもいいとか思ってました

でも、母になる人の想い、その人を見守る人、その家庭を見る社会の目、様々な経済的困難、その上謂れのない好機な中傷その困難をより深く考えた場合に…

今の私は産むべきとは言えないです

では何をすべき時か!?

どんな困難に合おうとも選択して進むしか道は無いのです、

自身の考えだけでは良い道が見えないなら他人の声を聞いて見て下さい

解決の糸口を見つけられるかもしれません

どんな問題も入口があり出口も存在します

ただ見つけられないだけですから

蛇足ですが、今ある不幸や理不尽、辛い環境を誰かのせいにしていたら、ずっとそのまま変わらず過ごすことになります

自分自身がすべきことだけを真摯に愚直に行うことが一番速い解決法なんです

誰かがこうだからとか、相手がどうだとか…

そこから前に行かず何時まで経っても同じことばかり言ってませんか?

誰かがこうだから私はこうしようでしょ?

相手がどうだろうと私はこうしておくでしょ?

命は尊く重いです、人には優しく思い遣りをもち感謝するのは当然ですが、それ以上に、自分自身が時と場合をわきまえて燐と構えなければ幸せは寄って来ないんですよ

また話が固くなってしまったかな…