暇なので中学生の頃思った事を書いてみます


どんな解釈からでも真理に近ずくことが出来る一例にはなると思います


考えられる限り大きいものと小さいものを追求して限界だと思ったら、その先をひねり出して見て答えを比べて見て下さい


でかいほうは?


富士山山?神海?空?宇宙?


大体これ位きますか、


じゃあその先、銀河、その外にもまだ宇宙は広がっていますよね、


その先は?


では小さい方はどうですか?


こめつぶ?ミジンコ?ぞうりむし?まだまだ!?アメーバーやウイルスも小さい


いやいやもっと小さい原子それより小さい中性子、電子、科学が発達したらもっと小さいものまで分かってくるだろう、じゃあそれより小さいのは?


宇宙の果てより大きいものは無限と解釈出来ます


これはイメージしやすいですね


反対に小さいもののさらに小さいものも無限でしょう?


でも小さいものは無では無いのです、確かにあると定義出来ます


ほら手のひらひとつに絶対乗るはずですよね


同じ無限の宇宙が物理的ではないにしろ把握することが出来るのは道理です


どちらともの方向の無限の間のわずかな区間しか科学や人間は物理的に証明認知していないのが現状なんです


この世の全てを分かっているつもりになってる愚か者が人間です、


ですが無限を想像し考察して解明していくのも我々人間が生きている義務とも言えます


例え地球が滅びてもそれより尊い思念、想像、好奇心欲求、その感情全てを持ち合い支え合う時、人は無限のパワーを出せるのです


だから人の命は尊く価値あるものなんです


他人も自分自身も尊厳を守って過ごして下さい


大きい小さいから少しだけ命の尊厳を説いてみました(⌒0⌒)/~~