なかなか更新できずにすみませんあせる


今日のランチタイムや来週の結婚式の準備があったり、

今度の日曜日の、2箇所・3回のメッセージの準備をしなければならなかったりで、

ちょっとバタバタとした日々を送っています汗


でも、こんな時だからこそ、神様との関係を密にして、

感謝と喜びをもって仕えていきたいガッツ

そんなふうに思っていますビックリマーク


昨日の水曜礼拝でのメッセージのテーマは、

日曜日と同じ『高ぶりは破滅の前ぶれ』church


メッセージ後に、近くの席の人と分かち合いをしましたにっこり

「どんな時、高慢になりやすいですかはてなマーク

「どんな時、謙遜になりますかはてなマーク


分かち合いをした若い子は、

「物をもらった時とか、謙遜になるかもポイントと、言ってくれました。


なるほどなるほど、確かにその通りですよねひらめき電球

神様との関係においても、そうだと思いますビックリマーク


あたかも自分の力だけで生きていると錯覚してしまったら、

まるで自分自身が神のようになってしまって、高ぶってしまうよねショック!


すべては神様からの恵みのゆえ!すべて神様からいただいているもの!!

それを決して忘れることなく、感謝と喜びをもって謙遜であり続けたいです目



昨日・今日の箇所は、

“水のほとりに植わった木のたとえ”“陶器師と器のたとえ”本

そこでやっぱり大切なのは、自分は神様なしでは生きていけないということに気づくことポイント


しっかりと神様につながって、

この日々にすでに与えられている祝福を、一つ一つ受け取っていきたいですマリオ



「主に信頼し、主を頼みとする者に祝福があるように。その人は、水のほとりに植わった木のように、流れのほとりに根を伸ばし、暑さが来ても暑さを知らず、葉は茂って、日照りの年にも心配なく、いつまでも実をみのらせる。」 エレミヤ書17:7、8


「『イスラエルの家よ。この陶器師のように、わたしがあなたがたにすることができないだろうか。―主の御告げ―見よ。粘土が陶器師の手の中にあるように、イスラエルの家よ、あなたがたも、わたしの手の中にある。」 エレミヤ書18:6