小さなことにも忠実であることポイント

預けられているものを用いることガッツ


そのようなことを思い巡らしながら、今一度初心に返るためにも、

今から約6年前、こうして福島に来ることを決心した時のことを思い返してみましたよろこび


いつも初めの思いを思い出しながら、新鮮な心地で神様に仕えていきたいですガッツ


せっかく神様は、すべての人に賜物を預けてくださっているんだから、

それをしっかりと用いながら、神様の喜ばれる歩みへと、一歩一歩前進していきたいですあし


下のあかしは、僕が福島に来ることを決め、赴任前に教会の週報に載せていただいた、

『福島への導き』についてですメモ


ちょっと長いですが、興味のある方は読んでみてくださいかお2



『福島への導き』


 私には以前から、「こんな環境で神様に仕えていきたいな」と思う点がいくつかありました。それは、主任牧師がいる所で、主任牧師を手伝いながら、特に児童伝道、中高生伝道に力を入れていきたいということ。そして、自分の育ってきた環境もあってか、田舎で働きたいということ等です。

 ですので、今回のお話をいただいた時には、(気を悪くなさらないでくださいね。)そのピッタリのお話にビックリしました。


 しかし、そのお話をいただいてすぐに私は「はい、わかりました。」と返事することができたかと言うと、そうではありませんでした。

 確かにこの三年間、いくつかの仕事に就いて働く中で、なんとなく、これはいつか辞める、とりあえずのつなぎの仕事。自分の一生の仕事ではないな。とは心のどこかで感じていました。でも今はこの生活を送っていくので精一杯。今はこの職場から抜けられない。楽しく働いているし、今はまだ考えられない。正直今はなかなか懸命に祈れない。そのように感じていたのです。


 今回のお話をいただいた後、先生御夫妻と直接お会いすることになり、その待ち合わせ場所へ行く車の中で私たちは、「今回は断ろう」と決めました。

 しかし、先生御夫妻とお話していく中で、不思議と私たちの心はあたたかくなり、そして動かされていきました。それまでは、自分の気持ちばかりが優先してしまい、自分の視点だけで来年度のことを考えていたように思いますが、先生の視野の広いアドバイス、お話を聞いていく中で、今回のお話は、神様からいただいた自分へのチャレンジなのではないだろうかと思い始めたのです。

 結局その日は、断ることができないまま仙台に戻りました。


 仙台に戻ってから、いろいろ考え始めました。

 私は神学校を卒業して、二年間盛岡で牧師研修生として過ごしましたが、自分の召しを今一度確認したく、そして社会経験を積む必要性も感じて、この三年間を過ごしてきました。

 そんな中、今回いただいたこの話は、確かに神様から出ている、私へのチャレンジなのだろうか。どの道が一番自然で、自分の思いに正直な、真実な道なのだろうか。神様の御心はどこにあるのだろうか。

 先生から助言をいただいて、過去の恵みを振り返り、現在の恵みを数えながら考えました。そしてその先に未来を仰ぎ見ると、これまでの恵みに感謝しつつ、それを生かしつつ、また直接神様に仕えていきたいと思い始めてきたのです。


 しかしまだまだ、気持ちは傾きつつも、しばらく悩み続けました。

 そしてやがて、返事をしなければならない期限が一週間後に迫りました。秋田の母教会でささげることになった期限前の最後の主日礼拝。その時のメッセージは同盟主事(当時)のS先生、そして中心聖句はルカの福音書22:32でした。「しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」

 もちろんこの聖句は直接はペテロに語られている言葉ですが、イエス様は私のことをもおぼえて、ずっと祈ってくださっているんだ。そう励まされて、今歩み出せと背中を押された感じがしました。

 私を通して神様が兄弟姉妹を力づけ、励ましてくださるなら、そのように用いていただきたい。その自分の気持ちに正直に、福島で神様に仕えていくことを決心しました。


 4月から福島での新しい生活が始まりますが、これからどのように神様が私を用いてくださるのかに私自身がなんだかドキドキしています。とりあえずは、早く皆さんの名前をおぼえ、仲良くなり、楽しい教会生活を共に送り、また励まし合える関係を築いていけるならばとってもうれしいです。これからどうぞよろしくお願い致します。



「主人は彼に言った。『よくやった。良いしもべだ。あなたはほんの小さな事にも忠実だったから、十の町を支配する者になりなさい。』」 ルカの福音書19:17