“地の十分の一は神様のものである!”


今だから感謝できる小さい頃の経験…。


その一つは、小学生の頃から、毎月おこづかいをもらうようになると、

その十分の一をテレビの上に置かれていた箱に毎月入れるという決まりが、我が家にありました。


300円なら30円、500円なら50円、1000円もらうようになると100円、

おこづかいをもらったらすぐ、兄弟みんな、その箱に入れていました。


それは、『十分の一は神様にお返しする』という我が家の教育方針のゆえでしたポイント


それを、喜んでしていたかって!?

いえいえやっぱりその頃は、その100円が惜しくて惜しくて…汗


中学生になってからは、これも我が家の教育方針で、毎朝新聞配達のアルバイトをしました。

高校を卒業するまでの6年間、秋田の雪深い中も、自転車で頑張りました自転車

雨や雪にも負けず、玄関前で吠えまくる犬にも負けず叫び

月末に給料袋を手にした時の喜びは、今でもよくおぼえていますにこ


そしてその給料ももちろん、『十分の一は神様にお返しする』の方針のもとに、献金していました。

その時の気持ちは、「この汗と涙の結晶が…」「自分の手でかせいだのに…」むっ


でも、これらの経験をさせてもらったことは、今思うと本当に感謝なことだと思います!


このことを通して『十分の一を神様にお返しする』ことの大切さを学びました嬉しいw


何よりも、自分に与えられているものは、決して自分の力によるものでなく、

ただただ神様の恵みのゆえに、一時預けられているものであることを学びました。


そして、喜んで神様にお返しする時に、

神様はその何倍もの祝福をもって報いてくださることも体験しました。


最近になって我が家も、とうとう長女におこづかいをあげるようになりましたにこ

もちろん『十分の一は神様に』という教育方針のもとにかお2



さてさて、レビ記の通読を達成しましたねチョキ

確かに難しかったけど、なんだか改めて神様と自分の関係を見つめなおす機会になりました!


神様に生かされ、たくさんの祝福をいただいている感謝と喜びを、

これからもしっかりと握り締めて歩んでいきたいものですねおー


みなさんは、レビ記を通してどんなことを考えさせられましたかはてなマーク