どんな日曜日をお過ごしですか![]()
今日もみなさんと一緒に礼拝をささげることができて、とっても感謝でした!
また、午後に上映会をした映画『ファイヤーストーム』も、すっごい良かったです!!
これから見る人のために、映画の内容は言わないようにしますが、
その辺のレンタル屋さんで借りれる映画なので、ぜひ見てみてください![]()
しかし、ああやって映画一本作っちゃうんだから、アメリカの教会はすごいですね![]()
さて、今日のデボーション箇所は、“思い煩い”ということについて考えました!
みなさんは思い煩いやすいタイプですか?
人間はどうしてもいろんなことを心配しやすくて、落ち込みやすいですよね…。
でも、今日もあらゆる場合に、感謝をもって祈りをささげ、
僕の心の内をすべて神様に知っていただこう!
神様からの平安を、しっかり受け取っていこう!!
そんなふうに思わされています![]()
今日もこの後、夕礼拝に行きますので、文章を一つ紹介しますね![]()
「心配の害」
心配は、私たちの人生において肯定的で建設的なことをする時間を奪います。
ある人が飛行機に乗る直前、飛行機が空中爆破したというニュースを見ました。
彼は心配し始めました。その心配のために飛行機の窓の外に見えるまばゆい雲や、その上に広がる清く澄んだ空、真っ赤に燃える夕日を少しも楽しむことができません。
また、心配は私たちの目を曇らせ、現実を正しく見ることができないようにします。
それはちょうど霧のようです。ひとつの村全体を覆うような濃い霧に含まれる水の量は、実際にはコップ一杯にもなりません。そんなわずかの量の水が、目の前の建物を遮り、自動車を渋滞させるのです。
また、心配は健康をも害します。エンドルフィンの生産を妨げるため、潰瘍(かいよう)ができやすくなり、頭痛や麻痺症状を起こすこともあります。
ある心理学者は「心配」を「ゆっくりとした自殺」だといいました。
医師W.C.アルバレスは「胃腸障害の80%は心配と恐れから来る」と言いました。
「心配」は英語で「worry」ですが、古代アングロサクソン語の「ウォーゲン」に由来し、「噛みちぎる」という意味があります。
それだけでなく、心配は霊的無力化を引き起こします。
心配し続けると霊的感覚が失われ、無力感に陥ることがあります。心配の罠に陥らないためには、心配がどれほど無価値で有害であるかを深く認識しなければなりません。心配の害を認識することは心配を克服するための第一歩です。
一歩踏み出して神が私たちを守ってくださることを信頼しなければなりません。