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どんな人になりたかったか?

将来の夢でしょうか。

これって、園児の頃、小学生の頃、中学高校生の頃、卒業して大学生や社会人になって

それぞれ違ってきますよね。

ずっと、大昔まで遡って思い出して行きたいと思います。

保育園に行く前、行っていた頃何になりたかったか。

2歳か3歳の頃、アパートの外階段で先に階段を素早く降りる兄を追いかけて

階段から転げ落ちて、オデコを2針か3針縫う怪我をした思い出があります。

その時、血まみれなアニマル博士を自転車の後に乗せて病院に向かう母親の背中で

泣きながら、なんで、スーパーマンは助けに来てくれなかったんだろうね?と言った記憶があります。

落ちてる最中にスーパーマンが、さっと両手で拾いあげて助けてくれると信じてたんだと思います。

その時に、母親にスーパーマンも忙しかったんだろうと言われ

大きくなったらスーパーマンの手伝いを出来るスーパーマンになりたいと思いました。

園児の頃は、ウルトラマンになりたいと思ってました。

年長の思い出のしおりみたいなものを作る時に、先生に将来は何になりたい?ときかれ

ウルトラマンと答えたのですが、なぜか却下されたようで

長い時間、ウ~ン。ウ~ンと考えさせられ、先生も車掌さん?おまわりさん?と

そっち方向に誘導され、タクシーの運転手さんと答えた記憶があります。

これは、5年前まで7年ほど仕事としてやっていたので夢は叶ってました(笑)

それから、小学生になってから1,2年生の頃は

星飛雄馬になりたいと思っていました。

そのころから、明けても暮れても兄とキャッチボールをして

魔球の研究には余念がありませんでした。

そのころ、アニマル博士は逆さドロップと言うアンダースローから繰り出され

フォークボールと逆の動きをして、打者の手前で大きく鋭く浮き上がる玉の研究をしていました。

その時に、アニマル博士はボールをフォークボールの握りにしていたので

小学校3年生になった時には、人差し指と中指の間が他の人より凹んで裂けてしまったため

ソフトボールでフォークボールを投げられるほどになってました。

でも、ピアニストを目指して指を裂いたわけではありません(笑)

小学校高学年になると、周りが野球をしているのに一人だけサッカーをしていました。

一人校庭の隅でボールリフティングをしていた記憶があります。

おかげさまで、中学に上がる頃にはヒールでサッカーボールを蹴り上げて頭の上を通過させて自分の前に落とす曲芸が出来るまでになってました。

そのころから、中学生までの夢がブンデスリーガでサッカーのプロになるでした。

そして高校生の頃は、特になりたい夢もなく毎日楽しく過ごせればいいやと生活をし

卒業して就職したところで、衣料品の販売をしたのですがそこで働いているうちに

ファッションデザイナーを目指していましたが、中々上手く行かないもので諦めてしまいました。

でも、18からずっと思い続けているのですが

どんな人になりたいか?に置きかえると

その頃から、ずっと、『つまらない大人にはなりたくない』とだけ思ってました。

それでは、どんな大人が面白いのかと言うと

そこで、ずっと葛藤し続けてたと思います。

20歳くらいの頃は、ずっと歯車みたいなサラリーマンの大人は嫌だと思い続けて

25歳過ぎて数年たった頃に、なんにでも反発していれば面白い大人なのか?

それも違うなと思い。

今は、システムとルールの中で自由に自分を表現できるノビノビとした大人になりたいと思ってます(笑)


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