シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで
壊れて消えた

シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
生まれてすぐに
飛ばずに消えた

風 風吹くな
シャボン玉とばそ

野口雨情の童謡、シャボン玉は生後間もなく亡くした子供を思った歌だとききました。

私はこの歌が幼い頃から大好きで、今は口ずさむと色々な思いが交錯するけれど、やはり大好きで…。

1月に姪の結衣が亡くなり、とてもとても悲しくて、やるせなくて、辛くて悔しくて…。

それでも、日常の小さな積み重ねはそんな気持ちを少しずつ昇華してくれて、私はここのところただ単純に「結衣に会いたいなあ」と叶うはずのないことを、年甲斐もなく他愛もなく思っていました。

1ヶ月ほど前、妹の妊娠の知らせを聞いた時は、正直喜びよりも戸惑いの方が先にたっていた。

我が子を亡くすという、人生で最大の悲しみを経験した妹には、もう一度至福の時からの再スタートの機会が与えられたのだ。これ以上に妹の気持ちの回復の助けになることはないはず、と思う反面、結衣の壮絶な闘病の記憶はまだ私には生々しすぎて、つい不安な気持ちが先にたったのが正直な気持ち。

結衣の障害が一万人に1人なら、次の子供も同じ障害を持つ確率は単純計算でも一億人に1人。計算しても仕方ないことなのに0の数を数えていた。
確率なんて、考えても仕方がない。
得体の知れない心配をしたところで、芽生えた命はもうそこにある。新しい命は息づいている。

でも、そんな思いが払拭出来なかったから、妹からの報告のメールの時も「おめでとう。体を大事にしてね」と短いメッセージを返すのがやっとでした。

多くを語れば、口にしたくない不安がでてしまいそうな恐怖があったから…。短くおめでとうと言うことしか出来なかった。

それでも心拍の確認が出来、きちんと着床していることがわかったから、タクにも「春にのりちゃんに赤ちゃんが生まれるよ。タクの時と予定日が似ているから、誕生日も同じくらいかな。」と伝えました。

タクは大喜びで、「男がいい!男なら一緒に遊べるしさ!男にして!」と来春に生まれるいとこに思いをはせていました。

そんなタクを見ていたら、私も先だった不安な気持ちはどこかに行ってしまって、春にほやほやの赤ちゃんを抱っこしている自分を想像してはほっこりした気持ちに包まれて、幸せな気分になっていました。

そんな一昨日、妹から届いた知らせはとても悲しいものでした。

心拍を止めてしまった赤ちゃん。

メールを読みながら溢れてきた涙。仕事中だったのに自分でもびっくりしました。

私にも流産の経験があるので、その時の思いも容赦なく心になだれこんできました。

年頭に娘を失い、今またここで小さな命を失った妹。なぜ、妹はこんな悲しみを味わわなければならないんだろう。悲しくて、やるせなくて、辛くて悔しい気持ちが再燃してきました。結衣を亡くした時の気持ちに似ている。

私の中で妹はみるみる幼かった当時の妹になって、私はちょっと歳の離れたお姉さんに戻っていきました。苛められて泣く幼い妹をたしなめるような気分になるけれど、妹にかける言葉が見つかりません。

そして、不謹慎かも知れないけれど、改めて結衣は頑張って生まれてきたんだなあ、と思いました。

何度も自然淘汰のハードルをくぐり抜けて、おそらくはあり得ない確率で奇跡的に生まれてきたんだろうなあ。あんなに弱々しく見えたのに、実はたくましく生まれてきたんだなあ。

学校帰りタクにも伝えたけれど、しゃがみこんで泣き出したタク。こうなると、伝えなかった方が良かったのかな、と思ったりもしたけれど、「男だった?それとも女?名前はなんて言うの?」と聞かれて、言葉につまる。

性別もわからないし、名前もついていないんだよ、と言いながらその命のあまりにも小さいことを思い知る。

「悲しいね」とタクが言う。
そうだね。悲しいね。と返事をするとまた涙が出てきました。
タクは自分が泣いたくせに「お母さん、泣かないでよ」と言う。

無理なんだなあ、お母さん、涙腺がゆるんじゃってさ、すぐ涙が出るようになっちゃったんだよ。

名もない小さな命に想いはつのる。
かつて私のお腹にも宿った小さな命たちを久しぶりに想う。

お天に帰っていったかな。晴れたらシャボン玉を飛ばしてあなたたちを思うよ。

またいつか会えますように。