11年前に亡くなった父が眠る墓に、母を納める日が来ました。

11年前父が亡くなり、お墓を持っていなかった我が家では、急遽墓探しをしなくてはならなくなりました。たまたま石屋さんが開いた墓地の広告を近所の方が教えて下さいました。

田んぼと梅林に囲まれたその墓地は、晴れた日は両親の大好きな富士山が雄大な姿を目の前に現します。
出来たばかりの墓地だったので、富士山が見える方向で中央の絶好の墓所を選ぶことが出来ました。

父の時は納骨が四十九日に間に合わず、また母がしばらく父のお骨をそばに置いておきたい、と望んだので納骨はしばらくしてから母と娘達だけで行いました。

11年間、毎月母と通ったお墓。久しぶりに開けられたお墓の中に、父の骨壺が、寄り添うように母の骨壺が並びました。

長兄の叔父が「これでやっとハルエもエイジ君と一緒になれたな」とつぶやきました。
久しぶりに父の名前を聞いた、と懐かしさで胸が一杯になりました。
みんなに見守られて、父と母が気恥ずかしそうに並んで立っている気がしました。

久しぶりに寄り添う両親はどんな話をしているのだろう。
母の心の病気を私達に「重い十字架を背負わせてしまった」と言っていた父。それでも、母を見捨てることなく家族を守り、私達に愛情を注いでくれた父。
孫を一人も見ることなく逝った父だけど、そんなに悪い人生じゃなかったよね。私達結構良い家族だったよね、と語りかけました。

願わくば、ユイの苦難を一つでもそちらに持って行って下さい。そんな思いで手を合わせました。

母の死後、四十九日までの間、私には悲しみが突然発作のように襲ってきました。

特に目を閉じた時が駄目でした。
毎晩布団に入ると涙が溢れてきたり、ある時はお風呂場でシャンプーをしている最中に涙が止まらなくなり…。いっそ思い切り泣いてしまおう、と声まであげて泣いていたら「大丈夫か?」と夫が飛んできました。

幾つになっても、親を亡くすということは、子供のように泣きじゃくるものなんだなあ、と自分でもびっくりしました。

それでも、四十九日で母を納骨し、両親が寄り添うことで私の悲しみは安らぎに変わったのを感じました。

私と母との長い葛藤の歴史が終わりました。