自由になりたかったのだ、距離や時間から..。
初めて乗ったのはGN50E、SUZUKIの原付きバイクだった。
それはもう天国だった、アクセル吹かせばどこへでも行ってくれた。
でも周りのクルマは60km/hで走っている、じゃまなんだ俺は。
すぐに中型を取った、バイクは暴走族の時代だったけど。
GPz400はKAWASAKIの4気筒エンジンだった。
こいつでどこへでも行った、もう天国だった。
半年で9000km走った、だいぶガタが来てしまった。
いろいろ勉強させてくれた、初めて転んだ、痛かった。
バイクは距離や時間から自由にしてくれた。
18歳になるとクルマの免許を取った、すぐ取った。
田舎育ちだから生活のためにもクルマは必需品だった。
最初は軽トラ、Hondaの軽トラ、でもすぐ事故で廃車にした。
少し悲しかったけれど、バイクとは運転方法が違うと教えてくれた。
それからしばらくは貨物を乗り継いだ、便利だった。
どこでも食事ができるし、雨でもへっちゃらだった。
この頃からバイクは自分で整備してたからエンジンも覚えた。
内燃機関なんて名前は知らなかった、
エンジンは友達みたいなもんで、朝から夜まで一緒だった。
エンジンの音を聞かない日などない、ありえない。
朝ゴハンの前にバイクでひとっ走りする、
高校もバイクかクルマで通学する、違反だったけど。
早退して家に帰るとバイクをいじる、プラグを見る。
夜になるとクルマで出掛ける、悪友たちの家に集合する。
夏休みは夜中のファミレスだ、コーヒーおかわりして朝まではしゃぐ。
大学の4いや5年間はバイクとクルマだった。
最後の半年は女房だったけれどね..。
地元が筑波サーキットの近所だったとか、
モトクロス場やトライアル場が近所だったから、
ということもあったんだと思うけど、レースもやった。
結婚しなかったらレーサーになっていたと思う。
そこそこに速かったし、顔も広かったから。
同期とかプロレーサーになった知り合いも多かったしね。
たぶんバイクのレーサーからクルマのレーサーっていう、
当時のお決まりのコースを辿ったような気がする。
子供が生まれてからは仕事して金儲けするのに一所懸命で、
内燃機関は生活の一部になっていった、寂しいけどね。
でも毎年すごい距離を走っていたね。
クルマは毎年30000km以上乗っていたから。
25〜50まで、25年間だから100万キロ以上走ったんだな。
また思い出したら続きを書こう。