泣きそうだ。
そう言ったら、あなたはどんな顔をするだろう。
哀れむように眉を下げるだろうか。
あざ笑うように口角を上げるだろうか。
どちらでもいい。どうでもいい。
ただ、僕は今、泣きたくて仕方がないんだ。
一体、いつまでこんな風に生きていけば気が済むんだろう。
スーツ姿のまま万年床に寝転がり「お前のようにやる気のない人間は見たことがない」と、生涯で何度言われたか分からない言葉を反芻する。
上司の嫌味な顔や同僚たちの失笑が次々に脳裏をよぎるが、そんなのは別に大したことじゃない。実際にやる気がないのだから、誰に何度そんなことを言われたって「そーすね」としか返しようがないからだ。
だって僕にはやりたいことがある。頑張るのなら、本当にやりたいことだけで頑張りたい。他のことにかまっている余裕はどこにもないんだ。
そんなことを言い続けて、いつしかこんなところまで来てしまった。学生時代なんてとうの昔に過ぎ去って、周りは次々に家庭を持って、三十路なんて言葉を自嘲気味に使うようになって。
「夢をかなえるには先立つものが必要だから」なんてベタな言い訳を自分にして、したくもない会社勤めを始めても、ノルマなど一回も達成できたことはない。
黄ばんだ五線譜の山。埃をかぶったギターケース。動かなくなった録音機器。六畳一間のおんぼろアパートの一室は、いつしか使わなくなった夢の残骸に占拠されつつある。
泣きそうだ。本当に泣きそうだ。泣きたくて仕方ないんだ。そう思えば思うほど、胸のどこかがすんと冷え切っていってしまう。
本当に、一体、いつまでこんな場所にいればいいんだろう。黄ばんだ天井に向かって、キャスターマイルドの煙が細々と立ち昇った。
「いいじゃない。あたしは応援するよ」
恭子さんは微笑みながら言った。ホットミルクの入ったマグカップを両手に持って、ソファの上で体育座りをしながら。
上京して音楽をやりたい。そう両親に告げた日、我が家は荒れに荒れた。出来るわけない。考え直せ。何を考えているんだ。父は顔を真っ赤にして叫び続けた。母は演技じみた仕草で床に倒れ付した。品行方正、成績優秀。どこに出しても恥ずかしくない箱入り息子が、高校入試直前になっていきなり髪の毛を逆立ててそんなことを言えば、どの親も大体そんな対応を取るだろう。
あの頃、僕にはもう音楽しかないと本気で思っていた。毎日繰り返される薄っぺらい日常。役に立つのかも分からない勉強や、表面しか見ない大人たちにうんざりしていた。そんなのに押し流されて、社会の歯車の一部になんてどうしてもなりたくなかったのだ。
今まで反抗ひとつしてこなかった息子の突然の変貌に、両親は少なからず動揺し、自分たちでは手に負えないとさっさと匙を投げ――そんな彼らの反応に、僕はまた失望したものだった――、代わりに僕の本心を訊きにやってきたのは、東京の大学に通う従姉の恭子さんだった。「歳が近いから、あの子も素直に話してくれると思うの」っておばさん言ってたよ。わざわざ東京から呼び戻された文句などひとつも零さず、右手をひらひらさせながら、恭子さんはからからと笑った。
そんな様子の恭子さんに対し、僕のほうはと言えば、大人の女の人が自分の部屋で微笑んでいるというだけで軽いパニック状態だった。部屋に広がった甘い香りが、温まったミルクのせいだけではないこともわからなかった。
以前はこんなことなかったのに。幼い頃、取っ組み合いのプロレスごっこに付き合ってくれたときも、一緒に花火を観に行ったときも、こんな気持ちになったことはなかった。
4年ぶりに会う恭子さんは、まぶしかった。
「自分のしたいこと、その歳から分かってるなんて最高にラッキーじゃん」
こくり。白く細い首が音を立ててミルクを飲み下す。同級生の女たちの黒くて太い首とは大違いだ。あれ、何でこの人ここにいるんだろう。っていうか僕、何を話せばいいんだろう。そもそも首筋見てるとか、まずい、どうかしてる。うわ、息苦しい。
「健太」
びくっ。ひとりでどぎまぎしていた僕は、突然の大きな声に飛び跳ねた。顔が熱くて、息ができなくて。ぱくぱく口を動かしている僕を、恭子さんはまっすぐ見据えて言った。
「あたしは、あんたが羨ましい」
ドアを叩く音で我に返る。宅配業者が持ってきたものは、実家から送られてきたみかんだった。
結局は高校に進学し、その後東京の音楽学校に行きたいと言った僕の望みをしぶしぶとは言え叶えてくれた両親とは、もう何年も会っていない。電話越しに話したのさえ、いつのことだったか忘れてしまった。
就職を決めたとき、彼らは「まっとうな道に戻ってくれてよかった」と涙を流さんばかりに喜んだものだ。まっとうな道。それでは、音楽をやるのはまっとうな道ではないとでも言いたかったのだろうか。就職して、日々の生活を繰り返すことこそがまっとうな道だと、本気で思っていたのだろうか。
なら、今の状態は、彼らに言わせるとどんな道を歩んでいることになるのだろう。
仕事もまともにせず、夢を追う事も忘れたこの状態は、なんと呼ばれる道なのだろう。
その答を聞きたくないから、僕は親不孝をし続ける。
「あんた、泣いたんだってね」
まっすぐな目のまま、恭子さんは尋ねた。僕はこくんとうなずいた。あの日荒れたのは両親だけでなく、僕も大泣きをしながら力いっぱい叫んだのだ。あんたたちみたいにはなりたくない。したいことをして生きていく。絶対に諦めたりなんかしない。今考えれば青臭い言葉たちを、大泣きしながら並べたのだった。
「あたしはね、もう泣けなくなっちゃった」
そこで、恭子さんはようやく目を逸らし、少しだけ微笑んだ。いつのまにか僕は、どぎまぎもあたふたもしていなかった。恭子さんの微笑みは、とても寂しそうなものだった。その訳は、僕にはわからなかった。
「それは恭子さんが大人だからでしょ?」
「違うよ」
ふふっ。恭子さんは笑った。もうぬるくなったであろうミルクを眺めながら。
「一生懸命生きている人しか、泣くことができないんだよ。一生懸命生きるのをやめた人は、笑うことしかできないの。悲しくても、しょうがないって笑い続けるしかないの。すごく辛いけど、それは罰だから仕方ないの」
「そんなの」
「だから」
僕の言葉をさえぎり、恭子さんはつなげた。今にも泣きそうな目で、それでも悲しそうに微笑みながら。
「あんたは、一生懸命夢を追いかけて、精一杯自分にできることをして、いつでも泣ける大人になりなさい」
あの後、恭子さんは東京に戻って大学を卒業し、大手の会社に就職して職場結婚をした。毎年必ずやってくる年賀状には、微笑む夫婦とあどけなく笑う子どもたちの写真とともに、「健太の音楽が聴ける日を待ってます」という一文が添えられている。返事をしたことは一度もない。
恭子さん。
恭子さんは、今、泣けてるの?
その笑顔は、本当に心からのものなの?
本当は泣きたいんじゃないの?
僕も、もう泣けなくなっちゃったよ。
泣きたいことなんてたくさんあるけど、でも、もう涙なんか出せなくなっちゃった。
泣けないのがこんなに辛いことだなんて、知らなかったんだ。
あの時は分からなかったけど、でも、今ならあなたが言っていたことが分かる。
これは罰なんだよね。
いつまで償い続ければいいんだろう。
辛いよ。苦しいよ。叫びたいよ。吐き出したいよ。
ねぇ、恭子さん。
「他にやりたいことがあるんじゃないのかい」
朝一番に呼び出された部長室で、部長は微笑みながら言った。僕の前でこの人が笑ったのは、入社したその日だけだ。人を窺うような、下卑た笑いだと思う。
「ここで身の入らない仕事を続けたところで、君にとっても時間の無駄だろう」
呼ばれた理由は分かっていた。退職勧告だ。この不景気の中、会社にしたって、僕のような無能な社員をいつまでも雇っている義理はない。
「君は若いのだし、独身だ。したいことだっていくらでもできるだろう」
はっはっはっ。高笑いをしながら、部長は僕の肩に手をぽんと置く。くたびれたスーツ越しに湿った手のひらを感じ、嫌悪感に全身が粟立った。
「まあ君のご実家は大層ご立派だと聞いているし、いざとなったらご両親に泣きつくこともできるだろうからな。一人息子なら、泣いてすがればいくらでも世話をしてくれるだろう」
「部長は」
脂っぽい声で続ける部長の話をさえぎり、僕ははっきりと言った。部長の顔から笑みは消え、睨むように僕の顔を覗き込んでくる。
「なんだね」
「部長は、泣けるんですか」
「何を急に言い出すんだね」
ふん、と鼻を鳴らし、部長は汚いものを見たかのように目を逸らした。
「泣いて許しを乞えば残れるとでも思っているのか。もう遅いんだよ。君はあまりにも無能すぎる」
「質問に答えてください。部長は泣けますか。泣くことができますか」
「気でも狂ったのか?君に発言権はない。私の話は終わりだ。出て行きたまえ」
「僕は」
ばん、と机を叩き、押し黙った部長の目を見据えた。泳ぐ視線。ああ、こいつも結局、泣くことができない大人なんじゃないか。一生懸命生きることを忘れた可哀想な大人なんじゃないか。
「僕は、泣けません」
そして、こんな奴に何を言われても笑いながらこんなことしか言えない僕は、今世界で一番惨めな生き物なんじゃないか。
泣きたい。泣き喚きたい。泣いてすべてを許されたい。
「君は、クビだ」
貼り付いた笑顔で立ち尽くす僕にそう告げて、部長は狭い部屋から出て行った。
荷物の整理も、仕事の引継ぎも、その日のうちに終わった。当然だ。あの会社で僕がしていたことなど、一日あれば誰にでもできるようなことばかりだったのだから。
「どうするかな…」
口からついて出た言葉に、思わず苦笑する。どうにかする気力もないくせに、何を言っているのだろう。
いつかこうなるとは分かっていた。それが少しだけ早かっただけだ。
部屋の隅に置いたみかんの箱を見る。
帰ってしまおうか。家業を手伝うふりをして、両親の財産を食い潰して暮らそうか。彼らは一体どんな顔をするだろう。呆れるだろうか。哂うだろうか。
そんなのも、もう、どうでもいい。
「そんなの、うそだ」
あの時、さえぎられた言葉を、恭子さんが話し終えるのと同時に言った。きょとんと目をしばたたかせ、恭子さんは僕を見た。
「だって、恭子さんは一生懸命生きてるじゃないか。一生懸命勉強して、一生懸命東京でひとりで暮らしてるじゃないか」
「それは一生懸命って言わないんだよ。だって、あたしが本当にしたいことは」
「一生懸命だろ!したくもないことを、一生懸命しようと努力してるんだろ?目の前にあることが望むことだろうとなかろうと、真摯に取り組もうとしてる人は、誰だって一生懸命生きてるんだ。だからそんな悲しいこと言うな!」
「…健太」
あの時、僕は確かにそんなことを言ったんだ。青臭い、だけどどうしようもないくらいの正論を。
なのに、今の僕はどうだろう?目の前にあるものに対して真摯な対応を取っていただろうか?一生懸命何かに取り組もうと努力しただろうか?やりたいことがあるというのを免罪符にして、ただ怠けていただけではなかったか?
「ありがとう。そうだね、健太はあたしよりもずっと大人だね」
あのときの恭子さんは、今の僕なんかよりもずっとずっと一生懸命生きていた。それなのに、泣く資格がないと自分を責め続けていた。自分を追い詰めて、貶めて、それでも僕を励まそうとやってきてくれていたんだ。
「あたし、今日のこと忘れないから。健太の言ってくれたこと、忘れないから」
恭子さんは泣けているはずなのだ。毎日を一生懸命に生きているに違いないのだから。そんな彼女に、今の僕が「泣けていますか」なんて思うこと自体、あまりにも失礼な行為だったのだ。自分を他者と同列にして、自分自身を安心させて、日々に流されて、適当に言い訳つけて。
「本当に、ありがとう。健太」
僕は、最低だ。
顔を覆って叫んでも、涙は一向に出てこない。
当たり前だ。僕は何にも頑張っていない。一生懸命なんて生きていない。
恭子さんを思い出す資格も、夢を語る資格も、とうの昔に失っていたんだ。
恭子さん。
今の僕の姿を見たら、あなたはどんな顔をするだろう。
哀れむように眉を下げるだろうか。
あざ笑うように口角を上げるだろうか。
どちらでもいい。どうでもいい。
ただ、今僕は泣きたくて仕方ないんだ。
泣けるようになって、あなたの前で大泣きできる自分になって、あなたにもう一度会いたいんだ。
埃が舞う。何年ぶりかに取り出したギター。黄ばんだ五線譜に、2Bの鉛筆。
金はない。仕事はない。人脈もない。だけど、時間はある。
曲を書こう。歌をうたおう。どこまでできるかわからない。認められるなんて思っちゃいないし、のたれ死ぬ可能性だって充分ある。
だけど、それでもいい。最後に大笑いして、ほんの少しだけ泣くことができたなら、それでいいんだ。
今年も、あと少しで終わる。今年こそ、恭子さんに年賀状を出そう。「仕事はないけど、一生懸命やり始めました」って。「泣けるようになりました」って他愛もない風に書いたなら、恭子さんはどんな顔をするだろう。
涙を流して笑ってくれたなら、とてもとても嬉しい。
『Be crying』と書いた五線譜に、一生懸命に音符を書き綴る。
いつか一緒に泣いてくれるであろう相手を思いながら。
ほんの少しだけ滲んだ視界の向こうに、その人の泣き笑う顔が見えた気がした。