サマソニ09でNINのラストテイクを見て以来、久々の登場だった。
10月30日の午後5時ごろ、俺は必殺有給休暇を発動して家にいた。
iTunesを立ち上げて、プレイリストを編集する。
曲順を考えてやたら頭を捻ったリストを作るのは久々だった。
目的はひとつ、帰省したH氏と岡山県に行くためだ。
ゴールは津山市。行重という名前の集落がある。
1938年、日中戦争で日本が盛り上がっている最中、この行重からド近所の貝尾という集落で、一晩に村人30人が殺されるというトンデモ事件が起きた。
犯人は22歳の男で、9連発の散弾銃と日本刀、そして匕首を持って犯行に及んだ。犯行の所要時間はたったの1時間。
現代までの犯罪史をおさらいしても、日本にはもちろん、世界中でもなかなかこの短時間で30人を殺した奴はいない。
男の名前は都井睦雄。通称「むっつぁん」。
H氏との短いやり取りで、この男がやらかした殺人事件の現場を見に行こうという話が決まった。
場所をグーグルマップで調べただけの適当な事前準備が終わり、俺はむっつぁんの心情をなぞるように編集した50曲入りのCDを持って、レガシィに乗り込んだ。
行程は以下の通り。
1・MOVIX堺にて、「REC2」鑑賞
2・岡山県へ
3・キビダンゴ購入
4・大阪へ→そのまま飲み会
午後8時、俺はいつものラーメン屋前でH氏を拾い上げた。
近所のうどん屋に行くようなラフな格好のH氏は、風邪は引いていなかった。
まずREC2を鑑賞し、頭から最後までノンストップのホラー描写に心底ビビらされた後、H氏が会社の用事を思い出した。
携帯で会社のURLにアクセスしようとしてもうまくいかない。
顔を見合わせた結果、ネットカフェに行くことになった。
快活CLUBに入り、俺はH氏が用事を済ませるのを待った。
漫画を読み、背もたれに深くもたれかかり、なんとなく頭のしわが緩んだあたりで、俺はレジ前でH氏と再び合流した。
用事は済んでいなかった。URLが間違っていたのかもしれないが、アクセスできなかったという。
俺は時計を見た。23時30分。
今から泉大津まで下りて、助松から六甲アイランドまでを走る。そしてそこから地道で走る。
所要時間を計算する。
恐らく目的地に着くのは午前5時ごろ。夜が明けるくらいの時間だ。
ひたすら国道2号線を走り、加古川バイパスから姫路西バイパスに入って、岡山県備前市に入った後、俺はハンドルを右に切った。国道374号線だ。
津山方面へ向けて走っていると、突然深い霧が現れた。それも濃霧。注意報まで出ている。
フォグランプをつけようが全く前が見えない。
ヘッドライトの帯がまっすぐ光っている。
LAWSONが宇宙ステーションに見えるくらいのとんでもない霧だった。
レガシィが水滴まみれになり、それを忘れて車にもたれかかった俺の背中も水滴でべったり濡れたころ、時間は午前5時になっていた。
まだ距離がある。
恐らく時間を潰さなくても、行重に着くくらいには夜が明けているだろう。
霧の中LAWSONから出て、眼鏡をなくした横山やすしのようにウロウロしながらレガシィに乗り込み、俺とH氏は目的地に向けて再度出発した。
県道6号から県道68号に合流し、片側一車線の快適な道を走る。
何も意識していなかったが、突然気づいた。霧が晴れている。
県道6号から逸れた瞬間だった。
夜が明けて、前をさえぎるものが突然何もなくなった。
県道68号はしだいに細い道に変わっていき、突然とんでもない0.8車線の山道に変身した。
俺はむっつぁんの足跡を思い起こしていた。
貝尾・坂元で30人を殺したむっつぁんは、その足でこの山に登り、その先で遺書を完成させた後自殺した。
俺は細い山道を1速で登り始めた。こぶし大の石が落ちている。明らかに車が通るべき道ではない。
広い待避所に車を停め、俺とH氏は外に出た。
ここからは徒歩だ。山道を踏みしめて、ゆっくりと登る。山頂にたどり着き、俺はそこから集落を見下ろした。都井睦雄が死の直前に見下ろしたと思われる風景があった。
それはのどかな風景だった。殺人の記憶がなければ、普通の農村だった。
しかし、昔村人が一晩に30人殺されたという事実が、景色を一変させていた。70年経った今でも、そこは犯行現場であり、俺とH氏が今立っている山頂は、その紐が閉じられた場所だった。
怨念は場所に宿っている。
都井睦夫は、5発装填できる散弾銃のマガジンチューブを、9発入るよう延長した。
現代でも、近接戦闘で最も大きな被害を与える武器は、散弾銃だ。
その証拠に、米軍海兵隊は9連発のモスバーグM590を使っている。
ダブルオーバックと装弾数の多い散弾銃の組み合わせが、至近距離で最も大きな効果をもたらすことをむっつぁんは知っていたんだろうか。
だとしたら、ライフルでなく散弾銃を選択したのは恐ろしいくらい的確だ。相手はボディアーマーを着ていない生身の人間で、目と鼻の先にまで近づくこともできる。
散弾銃は故障しにくい。"殺人の意思がある限り撃てる"銃だ。
そのことに思い当たったとき、気温の低さもあいまって鳥肌が立った。
俺は後ろを振り返った。
こいつはこの急坂を徒歩で上がってきた。
22歳の若者とはいえ、結核の持病があった男だ。
何キロも歩いて30人を殺した後、最後にこの急坂を駆け上がったのか?
これは、衝動殺人ではない。むっつぁんは何度も我に返ったはずだ。
それを狂気に食い尽くされ、再び鬼になる瞬間があったに違いない。
頂上から見る貝尾は、3方を集落に囲まれていて後ろは山という、逃げ場のない立地だった。
逃げるという振れ幅のなさがいかに恐ろしいか、その時俺は実感した。
徴兵で不合格となったむっつぁんは、それまで仲良くしていた集落の人間から村八分を喰らった。
その時、選択肢はあったのか?
自分に当てはめて考える。俺がもし同じ立場になったら?俺には選択肢がある。荷物をまとめて車に乗り込み、どこか違う場所を探せる。
しかし、ここは周りを山に閉ざされていて、誰もがお互いの顔を知っている村だ。車もない。インターネットもない。
むっつぁんは、どこにも逃げられない。
文字通り周りの世界が口を閉じ、自分に残されたのは両手と煮立った思考だけ。
その時、人が殺人を選ぶ可能性はコインの裏表のように五分五分になる。
考える。俺は誰かに逃げ道を与えなかったか。
そいつをとことんまで追い詰めたか。
コインの表裏を意識させるほどに人を袋小路に追い詰めて、それが当然のことのように振舞ったか。
おそらくないはずだ。いや、自然にそういうことをしていて思い出せないだけか?
俺は誰かに逃げ道を封じられたか?
何度かある。
じゃあ、どうして俺は散弾銃にシュアファイアを取り付けて撃ちまくらなかった?今俺がここに立ってるのはなぜだ。
袋小路のようで、俺には逃げ道が常にあった。
それは両親であり、友達であり、恋人であり、ある一線で俺を守ってくれている人たちだった。
だから俺には都井睦雄の心の闇をちゃんと理解することはできない。
俺は心の中で、人生の半ばで命を奪われた被害者達に手を合わせた。
撃たれる瞬間、斬られる瞬間、それがどれだけの恐怖だったか。
到底安らかになんか眠れないだろう。どんな理由があっても、そんな恐怖を死の前に味わう義理なんてのは、人間にはない。
そして次に、逃げ場を無くした都井睦雄に手を合わせた。
たとえ理解できなくても、想像することであんたの最後の思考回路と、俺の頭の中を細い線でつなぐことができる。
30人の顔を皆知っていて、そいつらは皆自分のことを障害者扱いし、以前とは違って口を聞こうともしない。
コインは明らかに裏を向いていた。その細い線を都井睦雄が血まみれの手で掴んだのが分かった。
俺の選択肢が次々に減っていく。俺には両親もいなければ、友達もいない。今までに親しかった人間は付き合いを切るように疎遠になり、俺に残されたのは26歳の体と鏡に反射するように内側へ撥ね返ってくる思考だけ。
「この先に行っても、何もないわな。」
横でH氏がなんとなしに言った一言が俺を我に返らせた。それは二重の意味で俺を納得させた。
俺とH氏は車に戻った。集落なんて行かなかったかのように岡山駅へ向かい、改札のすぐ隣に土産物屋があることに全く気づかずに、わざわざ入場券を買って構内でキビダンゴを買った。
中国なまりの客が多数を占める怪しい喫茶店で朝飯を食い、高速道路ですっ飛ぶように大阪へ戻った。
走行距離は573キロ。俺は仮眠を取って午後7時に起き、同じ日の10時ごろ、まさにA氏が俺とH氏とK氏の座るテーブル前に現れて席に着いたとき、都井睦雄のことを思い出した。
俺はあんたが死んだ場所に行った。気に入らないかもしれないが、そうしたことで俺はまた正気にひとつ近づいた。
その頭で、あんたのことを理解しようとしている人間が、ここにいる。
だから、散弾銃から手を離して安らかに眠ってくれ。
