どくいりきけん -2ページ目

どくいりきけん

一部、不適切な表現があります。

昔々、トヨタレンタカーでアルバイトをしていた頃。


クリスタ長堀を抜けて、ちょうど松屋町筋の交差点で俺は信号待ちをしていた。


車は4tのでかいトラック、6速マニュアル仕様のターボ付き。ギアをニュートラルに入れ、サイドブレーキを起こし、ペダルから足を離して腰を伸ばしながら、晩飯を何にするか考えていた。


そしてちょうど、FM大阪で伊武雅刀の深夜番組「ジェットストリーム」が始まりだしたところだった。


黒い影が視界の右後ろ側から現れた。


俺の意識がそっちへ飛び、伊武雅刀の声が聞こえなくなった。ボビーヴィントンのミスターロンリーもどこかへ消えた。


目に映る赤いテールランプ。黄色の灯火。


俺の目の前で信号が青に変わった。


全て同時に起きた。


見切りで交差点に飛び込んだタクシーに対面を信号無視したビッグスクーターが突っ込んだ。赤信号の最後のプレゼント。


俺の目の前でタクシーのボディにスクーターの車体がめり込み、ライダーが宙を舞った。ヘルメットが見えた。空中でもがく手足が見えた。俺は首を伸ばした。タクシーの陰に隠れようとしているライダーを目で追った。


着地する、その瞬間が見たい。


頭に具体的な言葉が飛び出すのと同時にライダーはろくに受身も取らず、地面に叩きつけられた。ヘルメットが地面を削る音まで聞こえてきた。


俺はライダーの描いた軌跡を目でもう一度追い、タクシーに残った凄まじい接触痕を目に焼きつけ、粉々に破壊されたビッグスクーターのフロントフォークを見つめた。


急に伊武雅刀の声が戻ってきて体中に鳥肌が立った。俺はトラックの運転席から飛び降りた。

事故現場には必ず、その場にしかない特有の空気がある。それは眠っているネズミと死んでいるネズミの区別が一瞬でつくのと同じ。目を見れば分かる。ドラマの死体が死んでいるように見えないのとも似ている。


事故現場には、事故の瞬間に凍りついた空気が漂い続けている。それは緊張感となり、身を切るような張り詰めた空間を作り出す。携帯電話を取り出して、119をダイヤルする。俺は振り返った。トラックの後ろにハイエースが止まり、中から若い男が降りてきているところだった。


俺はヘルメットを被ったまま動かないライダーの様子を見ていた。息をしている。体を動かせるほど正気には戻っていない。狂っている。狂ったまま、オレンジ色のナトリウム灯を見つめ続けている。

俺はバイザーを開けた。目が合った。119が電話に出た。俺は場所を伝えた。ライダーの全身を見渡した。


左足首、開放骨折。踵からアキレス腱にかけて裂けたように潰れている。俺は怪我の具合を119に伝えた。


若い男に「救急車は俺が呼びました、警察を呼んでもらえますか。」と言った。


携帯電話をポケットにしまいこんで、そこでライダーの怪我に集中した。タクシーの運転手がいつの間にか横にいた。俺はそれをシャットアウトした。怪我に集中しろ。


ナトリウム灯のオレンジ色が地面を明るく照らす中、真っ黒の血だまりが作られつつあった。そして、体の組織は砕かれ、へし折られて、人知を超えた方向へ曲がっていた。タクシーの運転手が俺に何か言った。俺は無視した。


怪我に集中しろ。


傷痕を見ろ。目を逸らすな。


着地に失敗した足首はどんな形をしている?


それが一瞬の隙をついて俺の体に滑り込む。俺の足首が粉砕される。血が流れ出す。体を押しつぶされた時の

鋭い痛みが頭を刺す。巻き戻しが始まる。ガラスの破片が集まって一枚のガラスになり、衝突で作られた大きな塗料のマーキングが元の塗装に戻り、へこみが押し戻されてビッグスクーターがタクシーに衝突する瞬間で一時停止ボタンが押される。


衝突の0.1秒前。全てが元通りだった最後の瞬間。伊武雅刀のジェットストリーム


俺はその瞬間を切り取る。ライダーの表情を読み取る。それは何よりも激しく燃えている。生きようとしている。目の前の死を避けようとしている。一時停止した時にその場にあった恐怖が総出で俺を囲む。


そして、その恐怖と一瞬の暴力は事故現場に残り続ける。


ライダーを数メートル吹っとばし、足首をへし折った。それは車がもたらしたとてつもない暴力行為だ。俺はそれを焼き付けて今日まで生きてきた。あれからもう4年が経っている。しかし、最近知った言葉がそれを塗り替えた。


Violence is not in the act but in the eyes of the beholder.


暴力とは、暴力行為自体の中にあるのではなく、それを見る者の瞳の中にある。

ライダーが事故で吹っ飛ぶ瞬間を暴力に変換したのは、俺自身だった。それは俺の性質を浮かび上がらせた。

恐怖に凍りついた瞬間を見たがっている俺の心の声を反映していた。


元に戻らなくなる瞬間の0.1秒前。それを想像して現在と照らし合わせることで生まれる圧倒的な不安感や、恐怖感を自分がいかに恐れて、そして好んでいるかを理解した。


サイレンが日常の裂け目を際立たせるように音で演出し、俺が振り返ると救急車が猛スピードで迫っていた。俺はその救急車が目の前で横転し、救急隊員が頭でサイドウィンドウをブチ破り、2tの鉄の塊がハイエースと俺のトラックと地面に横たわるライダーを巻き込んで多重衝突を起こす様子を頭に描いた。


俺の体は救急車の白いボディに引き裂かれ、ハイエースの兄ちゃんとタクシーの運転手は俺のトラックと救急車に挟まれて腰や頭を粉砕され、救急車はライダーをひき潰したところでようやくストップする。飛んできた器具やら無線機で大怪我をした救急隊員が気を失い、俺は命を落とし、ボディに挟まれたライダーが悲鳴を上げ続ける。


「やっと来ましたね。」


兄ちゃんが俺に言った。俺はうなずいた。


そして、ライダーの無事を願った。