宮本武蔵と五輪書


宮本武蔵(1584年 - 1645年)

信仰の枠に囚われず自由に語り合う集まりであるリベラの場に、
「神仏を尊び、これを頼まず」
と言い切った武蔵の言葉は、信仰というものを考えるに当たり、一方の極として参考になるのではないかとの思いから、今回五輪書を取り上げます。


五輪書の概要
 
構成:地・水・火・風・空 の五巻より成る

地の巻:序論・総論
著者(武蔵)のこれまでの生涯、兵法のあらまし、五輪書の各巻についての内容が書かれている。

水の巻:技術論
身心の在り方や身体操作法(剣さばき、体さばきを等)が詳細に説かれている。

火の巻:戦略論
水の巻で説かれた技術を戦いの場(一対一・多対多の場面含む)で活かす戦略について書かれている。

風の巻:比較論
武蔵の開いた二天一流と他の流派について比較し、二天一流が兵法として道理に適っていることを事細かに述べている。

空の巻:
兵法の本質としての「空」について書かれている。


地之巻 

一 此兵法の書、五卷に仕立つる事。(抜粋)

五つの道をわかち、一巻ひとまきにして、其利をしらしめんがために、
地水火風空として、五巻に書顕すなり。

地之巻におゐては、兵法の道の大躰、我一流の見立、劔術一通りにしては、
まことの道を得がたし。
大きなる所より、ちいさきところをしり、淺きより深きに至る。
直なる道の地形を引ならすに依って、初を地之巻と名付る也。

第二、水之巻。
水を本として、心を水になる也。水は、方圓の器にしたがひ、一てきとなり、
さうかいとなる。
水にへきたんの色あり。清き所をもちゐて、一流の事を此巻に書顕はす也。
劔術一通の理、さだかに見分け、一人の敵に自由に勝つときは、
世界の人に皆勝つ所也。

第三、火之巻。
此巻に戦の事を書記す也。
火は大小となり、けやけき心なるによつて、合戦の事を書く也。
合戦の道、一人と一人との戦も、萬と萬との戦も同じ道也。
心を大なる事になし、心をちいさくなして、よく吟味して見るべし。
大なる所は見へやすし、ちいさき所は見へがたし。

第四、風之巻。
此巻を風之巻と記す事、我一流の事に非ず、世の中の兵法、
其流々の事を書のする所也。
風と云ふにおゐては、昔の風、今の風、其家々の風などゝあれば、世間の兵法、
其流々のしわざを、さだかに書顕はす、是風也。
他の事をよくしらずしては、自らのわきまへ成りがたし。

第五、空之巻。
此巻、空と書顕はす事、空と云出すよりしては、何をか奥と云ひ、
何をか口といはん。
道理を得ては道理を離れ、兵法の道に、おのれと自由有て、おのれと奇特を得、
時にあひては拍子をしり、おのづから打ち、おのづからあたる、是皆空の道也。
おのれと實の道に入る事を、空の巻にして書とゞむるもの也。


地之巻 後書

右、一流の兵法の道、朝な朝な夕な夕な勤めおこなふによって、後書
おのづから廣き心になつて、多分一分の兵法として、世に傳る所、
始て書顕す事、地水火風空、是五巻也。
我兵法を学んと思ふ人は、道をおこなふ法あり。

第一に、よこしまになき事をおもふ所。
第二に、道の鍛錬する所。
第三に、諸藝にさはる所。
第四に、諸職の道を知る事。
第五に、物毎の損徳をわきまゆる事。
第六に、諸事目利を仕覚ゆる事。
第七に、目にみえぬ所をさとつて知る事。
第八に、わづかなる事にも気を付る事。
第九に、役にたゝぬ事をせざる事。

大かた如くのごとき利を心にかけて、兵法の道鍛練すべき也。
此道に限りて、直なる所を廣く見立てざれば、兵法の達者とはなりがたし。
此法を学び得ては、一身にして二十三十の敵にもまくべき道にあらず。
先づ氣に兵法をたへさず、直なる道を勤めては、手にて打勝ち、
目にみる事も人に勝ち、又鍛練を以て、惣躰自由なれば、身にても人に勝ち、
又此道になれたる心なれば、心を以ても人に勝ち、此所に至ては、
いかにとして人に負くる道あらんや。
又、大きなる兵法にしては、善人をもつ事に勝ち、人数をつかふ事に勝ち、
身をたゞしくおこなふ道に勝ち、国を治むる事に勝ち、民をやしなふ事に勝ち、
世の例法をおこなひ勝ち、いづれの道におゐても、人にまけざる所をしりて、
身をたすけ、名をたすくる所、是兵法の道也。


水之巻

一 兵法、心持の事。(抜粋)
兵法の道におゐて、心の持やうは、常の心に替る事なかれ。
常にも兵法のときにも、少もかはらずして、心を廣く直にして、
きつくひつぱらず、すこしもたるまず、心のかたよらぬやうに、
心をまん中におきて、心を静かにゆるがせて、其ゆるぎのせつなも、
ゆるぎやまぬやうに、能々吟味すべし。

心の内にごらず、廣くして、廣き所に智恵をおくべき也。
智恵も心も、ひたとみがく事専也。
智恵をとぎ、天下の利非をわきまへ、物毎の善悪をしり、
よろづの藝能、其道々をわたり、
世間の人にすこしもだまされざるやうにして後、兵法の智恵となる心也。
兵法の智恵におゐて、とりわきちがふ事、有るもの也。
戦の場、万事せわしき時なりとも、兵法の道理を極め、うごきなき心、
能々吟味すべし。 


水之巻 後書

右書付くる所、一流の劔術、大かた此巻に記し置事也。
兵法、太刀を取りて、人に勝つ處を覚ゆるは、先づ五つの表を以て、
五方の構え搆をしり、太刀の道を覚へて惣躰自由になり、
心もきゝ出でて道の拍子をしり、おのれと太刀も手さへて、
身も足も心のまゝにほどけたる時に随ひ、一人に勝ち、二人に勝ち、
兵法の善悪をしるほどになり、此一書の内を、一ヶ条一ヶ条と稽古して、
敵と戦ひ、次第次第に道の利を得て、たへず心に懸け、急ぐ心なくして、
折々手にふれては徳を覚へ、何れの人とも打あひ、其心をしつて、
千里の道もひと足宛はこぶ也。
ゆるゆると思ひ、此法をおこなふ事、武士の役なりと心得て、
今日は昨日の我に勝ち、あすは下手に勝ち、後は上手に勝つと思ひ、
此書物のごとくにして、少もわきの道へ心のゆかざる様に思ふべし。
たとへ何ほどの敵に打勝ちても、習にそむく事におゐては、
實の道にあるべからず。
此利心にうかびては、一身をもつて数十人にも勝つ心のわきまへあるべし。
然る上は、劔術の智力にて、大分一分の兵法をも得道すべし。
千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす。
能々吟味有べきもの也。


※今回、火之巻および風之巻については省きます。


空之巻

二刀一流の兵法の道、空の卷として書顯す事。
空と云ふ心は、物毎のなき所、しれざる事を、空と見たつる也。
勿論、空はなきなり。
ある所をしりて、なき所をしる、是則ち、空也。
世の中におゐて、悪しく見れば、物をわきまへざる所を空と見る所、
実の空にはあらず、皆まよふ心なり。
此兵法の道におゐても、武士として道をおこなふに、士の法をしらざる所、
空にはあらずして、色々まよひありて、せんかたなき所を、空と云ふなれども、
是、実の空にはあらざる也。
武士は兵法の道を慥に覚へ、其外、武藝を能く勤め、武士のをこなふ道、
少もくらからず、心のまよふ所なく、朝々時々におこたらず、
心意二つの心をみがき、觀見二つの眼をとぎ、少もくもりなく、
まよひのくものはれたる所こそ、実の空と知べき也。
実の道をしらざる間は、佛法によらず、世法によらず、
おのれおのれは慥なる成道とおもひ、能事とおもへども、心の直道よりして、
世の大がねにあはせて見る時は、其身其身の心のひいき、
其目其目のひずみによつて、実の道にはそむく物也。
其心をしつて、直成る所を本とし、実の心を道として、兵法を廣くおこなひ、
たゞしく明らかに、大き成所を思ひとつて、空を道とし、道を空とみる所也。

 空有善無惡
 智者有也
 利者有也
 道者有也
 心者空也


【参考資料】

獨行道

※死去の7日前、弟子の寺尾孫之允に「五輪書」と共に与えたとされている自誓書

一、世々の道にそむく事なし 
一、身にたのしみをたくまず 
一、よろずに依怙の心なし 
一、身をあさく思い、世をふかく思ふ 
一、一生の間よくしん(欲心)思はず 
一、我事において後悔せず 
一、善悪に他をねたむ心なし 
一、いづれの道にも、わかれをかなしまず 
一、自他共にうらみかこつ心なし 
一、れんぼ(恋慕)の道思ひよるこころなし 
一、物毎にすき(数奇)このむ事なし 
一、私宅においてのぞむ心なし 
一、身ひとつに美食をこのまず 
一、末々代物なる古き道具所持せず 
一、わが身にいたり物いみする事なし 
一、兵具は各(格)別、よ(余)の道具たしなまず 
一、道においては、死をいとはず思ふ 
一、老身に財宝所領もちゆる心なし 
一、神仏は貴し、神仏をたのまず 
一、身を捨てても名利はすてず 
一、常に兵法の道をはなれず 

    正保弐年五月十二日 
                新免武蔵 
                  玄信(在判)


最後に、武蔵が詠んだと伝えられる一首をご紹介します。

乾坤をそのまま庭に見る時は我は天地の外にこそ住め

これは「山水三千世界を万里一空に入れ、満天地とも攬る」という心境から詠まれたものと伝えられています。

何とも気宇壮大な感じがします。
私の拙い説明などより、そのままの響きを味わってください。


以上、小川