友人が携帯をスマホに変えました。

今や携帯は「電話」という機能はビックリマンチョコのチョコぐらいの存在になりました。

アナログ人間の私は「まだそんな古いのもってんの!?」とヒトに言われるまで機種変更しません。

なるべくなら持ちたくナイんですが、今の時代はソレを許してくれません。

「じゃ連絡するから」ってセリフは携帯持ってるの前提だし、「電話したのに、出ないんだモン」とか言われても(オマエと話すと長いだけでオチがナイし面倒くさいんだモン)とも言えず

「風呂に入ってた」
「フィルハーモニーを聴きに行ってた」
「北北東の方向を向いて、お祈りしてた」
とかの嘘をつかなくちゃならないし。

メール、テレビ、ゲーム、インターネット、ほぼパソコン並みの機能が付いたんで、次なる機能は……?

大槻ケンヂさんはエッセイの中で
「携帯は武器化する」
と言ってます。スイッチ1つでスタンガン、握るとメリケンサック、アタッチメントを付けるとヌンチャクに!

もしそうなったら速攻で機種変だな。
サッカー日本代表が今日テレビで試合をやってました。

悪気はナイんですが、スポーツに興味がアリマセン。全く。

ワールドカップのトキも異様な位、熱狂していた日本の中で異常な位、冷めていた私。

オリンピックやワールドベースボールやフィギュアスケートなどニュースで話題になっても恐ろしい程の日常生活。

なんでなのか考えたトコロ『その感動は現場にいる人逹の為のモノでテレビで見た位で共感してはイケナイ』という私のイカれた思考回路にあると思います。

文化祭や合唱コンクールや部活など学生の頃は「自分が携わった感動」には涙したものです。映画や小説をみての感動は創造した感動です。

でもスポーツはプレーヤーやファンなど現場にいたからこそ(過去に現場にいたトカも含め)味わえる感動だと思います。

テレビだけのニワカファンは感動しちゃいけない。

私の友人に大の相撲好きがいますが、BSで幕下あたりから見て「コイツ先場所負け越しだった」トカ「コイツは立ち合いさえ失敗しなけりゃ強い」とか「コイツの背中の毛はスゴイ」トカマゲも結ってナイ力士を私にテレビを見ながら教えてくれます。こういうヤツが正真正銘のファンなんですかね。

私はソレを聴いて「ふ~ん」と言いながらソイツの部屋の本棚の「ムー」を読みまくります。

でも「背中の毛がスゴイ」のトキはチラッとテレビを見ました。

…ホントにスゲェ!
動画サイトで有名になった「喋る猫のしおちゃん」が今度はDVDで発売されるそうで。

しおちゃんカワイイデスねぇ~猫好きの私はドノ猫みてもカワイイと言ってしまうんですが、しおちゃんみたいな黒猫は、目が強調されてマスマス可愛く見えます。

それに対して、あの飼い主はリハビリ中なんですかねぇ?家に帰ってきて猫に話しかけて、その姿を全世界に配信するって。チョット理解不能。

喋るっていうからテレビで見てみたら、画面下にテロップがでて「おかえり~」「たべゆ~」って無理矢理聞こえてる感じにしてません?んでアホなコメンテーター(はるな愛あたり)が「わぁー本当にシャベッテル~」とか「理解して会話になってマスねぇ!」とか無責任コメントしてる様に見えます。

猫好きの私が断言します。
「猫は人間の言葉や気持ちは理解してますが喋りませんし会話はしません」

猫はシタタカでズルくて孤独でオバカなんです。そこがカワイイんです。従順で協調性があって賢い可愛さは犬のモノです。

中学時代に飼っていた「リンス」と言う名前の猫は、部活に行く前にピアノの上で寝ていて「行ってきま~す」と声をかけたらシッポをプンプンと振り、5時間後に帰ってきたら、ピアノの上で1ミリも動かない寝姿で「ただいま~」と声をかけたら、耳をピクピク。

「チャップリン」と言う名前の猫と雨の日に出窓に一緒に座って、梅雨に濡れるアジサイを小一時間眺めたり。

猫との付き合い方は、会話したり遊んだりするのではなくて、「ただなんとなくソバにいる」これが一番。