こんばんわ(*^▽^*)
ブログの管理人、やなぎです★
最近、夜がめっきり寒くなり・・・
アヤ姫が関節を痛めてないか心配でございます(ノ_・。)
さて今回は。
今までのアヤ姫の症状、そして今現在のアヤ姫の状態などを
今後のブログ内容に必要なので書いていこうと思います。
あれは3年前の冬。2006年の12月辺りですかね。
アヤ姫は腰の痛みを訴えて入院しました。
これを機に、アヤ姫は入院生活ばかりの日常を送るのですが。。。
この時まで、アヤ姫はダーリンであるおじいちゃんとの2人暮らしでした。
おじいちゃんはリウマチが酷く、足と腕に人口骨を入れていた為、歩行が少し困難で。
介護ヘルパーさんに週3日程度、お世話をお願いしていました。
そんな生活を送ってたある日。
2006年12月に、アヤ姫は近くにあるD病院に入院。
この時の診断は腰椎圧迫骨折でした。
「痛い、痛い」とアヤ姫は毎日の様に言っていました。
そんな生活だったのですが、私の記憶に残っているのは
アヤ姫の元に、肝硬変からくる認知症を患っていたおじいちゃんが
毎日の様にお見舞いに行っていた姿です。
おじいちゃんの献身的お見舞いの成果か、2ヶ月程度で退院する事が出来て。
日常生活が少し困難になったアヤ姫とおじいちゃんを支える為に、週3日程度だったヘルパーさんを
毎日、お願いして。
平和に暮らしておりました。
そして、一年後。
2007年に、アヤ姫はまた腰の痛みを訴えて入院することに。
この時も前回と同じD病院に行ったのですが。
その際、診断は前回の腰椎圧迫骨折の後遺症からくる痛み、だと診断されました。
前回と同じ様に、おじいちゃんが毎日の様にお見舞いに行き。
2ヶ月程度で退院。
そして、2008年、9月。
同じ様に、腰の痛みを訴え、またD病院に入院。
この時も、前回と同じ様に腰椎圧迫骨折の後遺症、と診断されたのですが。
この時。
アヤ姫のダーリンである、おじいちゃんが足を壊死、という事で片足切断。
その結果。食欲もなくなり、胃に穴を空けてイロウ生活を病院で送っていた為。
アヤ姫は一人で暮らしており、少し、認知症の症状が見られたのです。
その事をふまえてお医者様から「一人で暮らしておられて寂しさから痛いと申し上げられてるのでは・・・」と言われました。
・・・私達、家族も。実際そうなんだろうな、と感じており。
アヤ姫が腰の痛みを訴えるたび、少し煩わしさを感じていたのを覚えています。
その後、D病院での入院生活が3ヶ月を過ぎ。
急性期の症状ではない為、転院を勧められ、A病院に転院する事に。
この病院で、初めてアヤ姫は
複合性局所疼痛症候群「CRSP/LSD」と診断されました。
この病気の症状は、お医者様から聞いた話を私なりに解釈すると
リウマチに似た痛みの様なのですが、骨に黒点があり、身体に触れるだけでも激痛が走る、という病気らしく。
治療法がない為、難病扱いだという事を聞きました。
担当してくださったお医者様も、病気の事はご存知でも、実際その患者さんを看た事がない為、治療していく上で分からない点は多々あると仰っておられて。
「ただ、全力を尽くして少しは改善出来るよう努めます」と仰ってくださり。
結果。
前までは歩くことすら困難だったアヤ姫が手すりなどに掴まりながらでも、たどたどしい歩き方でも。
少しは歩ける様になるまで回復しました。
今でも、担当してくださったお医者様には足を向けて寝れない、そう私は思っています。
・・・ただ。
丁度、この病院に転院して直後辺りに。
アヤ姫のダーリン、おじいちゃんがこの世を去りました。
直接的な原因は肺癌、です。
病院を変わった辺りから、少しずつ認知症の進行が進んでいって。
おじいちゃんの死をキッカケに、さらにアヤ姫の認知症は進みました。
亡くなって、半年が経った今でも。
おじいちゃんが亡くなった事を忘れてしまっている日があります。
おじいちゃんの死をキッカケに。
どんどん進んでいったアヤ姫の認知症。
そしてA病院の次に入院したM病院で。
さらに悪化しました。
M病院。
今でも私はこの病院に対して、怒り、という感情しか抱けず。
個人的感情になってしまうのですが・・・。
治療、という処置を一切行わず。
入院患者さんの排便、排尿の処理も一日に一度。
お風呂も、何だかんだ言い訳をつけて、入らせない日も多々ありました。
完全なる放置主義の病院。
入院したその日に「所詮認知患者でしょ?何も分からないでしょ」と、私達家族に、そしてアヤ姫本人に言ってきた看護師。
アヤ姫も、私達家族も。
この病院での入院生活は苦痛で耐え難いものでした。
それでも私達は。
言葉は悪いですが、アヤ姫という人質を囚われてる身。
もし、私達家族が意見した場合。
アヤ姫に対する扱いが酷くなってしまっては困るので。
3ヶ月、耐えました。
そして3ヵ月後。
M病院から、M病院に転院。
この病院は認知症外来があり。
アヤ姫に接してくださる皆様の優しさ、気遣いを感じました。
この病院に入院した頃は。
もうアヤ姫の認知症は手の付けられない所まで進行していて。
私達家族の名前が出てこない日があったり、食事をした事を忘れてしまったり、と。
本当に、症状としては酷い状態でした。
・・・それは今でも変わりません。
そして、M病院から現在入院してるN病院に転院。
これが、今年の9月終わり頃です。
現実問題。
我が家はアヤ姫を在宅介護出来る余裕は全くない状態で。
父も、母も病気を患っており。
母に至っては持病である、甲状腺機能低下症が悪化している状態でございます。
また、私の弟が発達障害児で、今、高校生なのですが自立支援学校に通っています。
そして、私、やなぎは。
うつ病、摂食障害、過換気症候群等の精神障害を抱えており。
どうしてもアヤ姫を在宅介護する余裕がない状態なんです。
それ故に、老健や特養、というった介護施設に入所する方向性で今話を進めているのですが。
やはり、今はどこの施設も満員状態。
それに加えて、アヤ姫のCRSPという病気を患っている事もあり。
まだ、病院生活を送らなければいけません。
そんな状態で、M病院から転院する場所が見つからず。
途方に暮れていた時。
今、入院してるN病院の院長夫人様とM病院で知り合い。
お話をしてる内に、「当病院に来られませんか?」とお声掛けして頂き。
今現在は、M病院の系列でもあるN病院で生活を送っております。
N病院は認知症、精神病専門の病院で。
入院して、重度の認知症患者、と診断されましたが、楽しく毎日を送っている様です。
N病院は長期入院は、要相談らしいのですが、3ヶ月という区切りはないみたいですので。
老健や特養にお声掛けしてる状態でございます。
CRSPに関しましては、認知症故に痛み、というモノを感じる事が少ないみたいで。
今はあまり、「痛い」とは言いません。
感情的に書いてしまってる部分も多々ありますが。
今までの流れ、そして現在のアヤ姫はこんな感じです。
アヤ姫が病院を転々としている中で、改めて。
人との繋がり、出会い、というのは大切なモノなのだと感じました。
私は「出会い、というのは偶然的必然」だと常々思っているのですが。
本当にそうなんだ、と。
ちょっとした出会いでも、何かしらの影響力、と言いますか・・・
意味がそこにはあるのだ、と思います。
A病院の先生に出会わなければ。
アヤ姫の病気を知る事は出来ませんでした。
M病院に入院しなければ。
人の暖かさに気付けませんでした。
そしてN病院の方とも出会えませんでした。
全ては、出会う事に意味があるのですね。
何だか長くなりましたが・・・(苦笑)
明日、アヤ姫はとある老健の方々との面談が入っております。
アヤ姫が入院してるN病院からは少し遠いのですが、久々のアヤ姫との遠出なので。
楽しみにしながら、今日は早めに就寝することに致します。
それではまた♪
*やなぎ*