私は小さい頃、作文が苦手だった。
国語の授業で「今日の授業は作文を書いてもらいまーす」
なんて言われて原稿用紙を渡された日には、
授業時間終わるまで、名前以外の文字を書けないほどだった。
勉強も嫌いだった。
例えば夏休みの宿題なんて、必ず休み中には仕上がらなかった。
新学期が始まって何日も経ってからやっと提出する状態だった。
読書も苦手だった。
確か、小学校の頃、図書カード(だったかな?)というものがあって、
いつ何の本を借りたのか、いつ返したのかを記入するカードで、
それを見れば、その子が月に(年に)何冊本を借りたのかが
一目見ただけで分かるカードだった。
だから、読書をたくさんする子は、
一枚の図書カードがいっぱいになって、2枚目、3枚目となっていく。
でも、私は1枚目の図書カードで済んでいた。
もっと言うと、裏面すら使う必要が無いくらい
読書の習慣が無かった。
そんな私だけど、今ブログを書いたり、ちょっと前までメルマガもやっていた。
そして、今、人生で一番本を読んでるし、
とにかく勉強してる。移動中も、お風呂に入ってる間も”勉強”してる。
(いわゆる学校でやるような勉強ではないけど)
だから、子どもの頃の、苦手だな~とか、嫌いだな~という感覚って
当てにならなかったりするのかなと思う。
要するに、
【書きたいこと(=伝えたいこと)が無かった。知りたいと思うことが無かった】
ただそれだけなんだと思う。
教育とは、何かを教えることじゃなくて、
「何それ!?知りたーい!」って思うきっかけを与えることなんじゃないかな。
昔、まだ実家に居た頃、祖母とテレビを観ていたときの出来事。
ニュースで、辻元清美議員が国会で誰かを厳しく糾弾してた。
誰だったか忘れたけど、『疑惑の総合商社』発言で有名になったあの件。
それを観て祖母が言った。
「人間はね、自分に疾しいことがあると、
ああやって人に噛み付いたようにものを言うんだよ」と。
祖母はもちろん政治のことなんてよく分かってない、
普通のごくごく一般的な日本人だ。
私は、そうなんだ~と特に気にもせず聞いていた。
そしてら、後日、その辻元清美議員が逮捕されたというニュースが流れた!
祖母の言った通りだ!と思った。
人生を長く生きてる人の言葉は深いな~と思った。
それから何年も経って、ある心理学の本で読んだこと。
なぜ、あの人嫌い・苦手って思ってしまう人がいるのかについて書いてあった。
「それは、その人の中に、自分の嫌いな要素を見つけてしまうから。
自分の嫌いな部分を、その人を通して、まざまざと見せつけられるから」
と書いてあった。なるほど~と思った。
それからしばらくして、あるビジネスで成功してる人に教えてもらったこと。
「他人から何か言われて、ムッとしたりカチンと来るのは、
自分の中にそれが当てはまってるから(図星だから)。」
なるほど~と思った。
この3つの話、例は違えど、言ってることは同じだと思った。
つまり、【見つめるべきは自分の内側なんだ!!】
このことが腑に落ちた時、人生が生きやすくなった。
*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*…
先日、FBに「中国人留学生が就労時間制限を守らない」
という趣旨のニュース記事を引用して、
『支那人なんて、こんなもん。
ルールなんか守る訳が無い。
この前も、大阪のかに道楽で中国人バイトによる殺傷事件もあったし。
だから、移民反対。
それどころか、留学もしにくくしたり、
ビザの要件も、もっともっと厳しくした方がいいよ。』
と投稿したした。
そしたら、直接の友人じゃない人(友人の友人だけど、
とある業界の人だから、だいたい考えてることなどが分かる)からコメントが来ました。
「言い過ぎだと思います・・・」と。
じゃあ、”全部とは言わないけど”という文言を付け加えますね、とコメントを返しました。
しばらくコメントでやり取りして分かったのですが、その人は、
「自分は日本生まれ日本育ちの中国華僑です。
支那と言われるのは抵抗があります。
これ以上書くの止めますね」
と言った。
そう言われたから私も返信するの止めました。
その時、最初に書いた人間の心理について思い出しました。
『あぁ、この人は支那と言われることに何か心に引っかかることがあるから、
友人でもないのにわざわざコメントしてきたんだな~」と思いました。
自分が華僑(厳密な華僑と言う言葉の定義で使ったのかは不明だけど)
であることに疾しさも持ってるんだと分かりました。
ちなみに、支那という言葉は差別用語でもなんでもありません。
シナという言葉はもともと秦を語源としている、あの地方の人々を指す言葉です。
中国のことを
英語ではチャイナ
ドイツ語ではヒーナ
オランダ語ではシーナ
フランス語ではシーヌ
イタリア語ではチナ
スペイン語ではチナ
と呼びます。
それに、東シナ海、南シナ海って言います。
支那そばって言います。
これらに差別的な感情を込めて言う人はいないと思います。
また、私は、元陸軍少将片倉衷さんの娘さん
(と言っても80代のおばあちゃんだけど)と話した時、
彼女がこう仰ってた。
「私ね、父の仕事の関係で、小学校の頃満州に住んでたの。
だから支那語ぺらぺらだったのよ(^^)」
そのときに、支那って言い方は、
この世代の人にとっては普通なんだな~と思いました。
彼女の話し方から特に悪意は感じませんでした。
また、中国という呼称は、中国共産党が、
チベットやウイグルなど力による現状変更を行ってる地域も含めるので、
中国と呼ぶということは、その中共の民族弾圧を容認したよ!
という意味になるんです。
*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*…
話は逸れましたが、この心理が分かると、
誰のせいにも出来ないことが分かると思います。
【見つめるべきは、自分の内側】
ニュースで、辻元清美議員が国会で誰かを厳しく糾弾してた。
誰だったか忘れたけど、『疑惑の総合商社』発言で有名になったあの件。
それを観て祖母が言った。
「人間はね、自分に疾しいことがあると、
ああやって人に噛み付いたようにものを言うんだよ」と。
祖母はもちろん政治のことなんてよく分かってない、
普通のごくごく一般的な日本人だ。
私は、そうなんだ~と特に気にもせず聞いていた。
そしてら、後日、その辻元清美議員が逮捕されたというニュースが流れた!
祖母の言った通りだ!と思った。
人生を長く生きてる人の言葉は深いな~と思った。
それから何年も経って、ある心理学の本で読んだこと。
なぜ、あの人嫌い・苦手って思ってしまう人がいるのかについて書いてあった。
「それは、その人の中に、自分の嫌いな要素を見つけてしまうから。
自分の嫌いな部分を、その人を通して、まざまざと見せつけられるから」
と書いてあった。なるほど~と思った。
それからしばらくして、あるビジネスで成功してる人に教えてもらったこと。
「他人から何か言われて、ムッとしたりカチンと来るのは、
自分の中にそれが当てはまってるから(図星だから)。」
なるほど~と思った。
この3つの話、例は違えど、言ってることは同じだと思った。
つまり、【見つめるべきは自分の内側なんだ!!】
このことが腑に落ちた時、人生が生きやすくなった。
*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*…
先日、FBに「中国人留学生が就労時間制限を守らない」
という趣旨のニュース記事を引用して、
『支那人なんて、こんなもん。
ルールなんか守る訳が無い。
この前も、大阪のかに道楽で中国人バイトによる殺傷事件もあったし。
だから、移民反対。
それどころか、留学もしにくくしたり、
ビザの要件も、もっともっと厳しくした方がいいよ。』
と投稿したした。
そしたら、直接の友人じゃない人(友人の友人だけど、
とある業界の人だから、だいたい考えてることなどが分かる)からコメントが来ました。
「言い過ぎだと思います・・・」と。
じゃあ、”全部とは言わないけど”という文言を付け加えますね、とコメントを返しました。
しばらくコメントでやり取りして分かったのですが、その人は、
「自分は日本生まれ日本育ちの中国華僑です。
支那と言われるのは抵抗があります。
これ以上書くの止めますね」
と言った。
そう言われたから私も返信するの止めました。
その時、最初に書いた人間の心理について思い出しました。
『あぁ、この人は支那と言われることに何か心に引っかかることがあるから、
友人でもないのにわざわざコメントしてきたんだな~」と思いました。
自分が華僑(厳密な華僑と言う言葉の定義で使ったのかは不明だけど)
であることに疾しさも持ってるんだと分かりました。
ちなみに、支那という言葉は差別用語でもなんでもありません。
シナという言葉はもともと秦を語源としている、あの地方の人々を指す言葉です。
中国のことを
英語ではチャイナ
ドイツ語ではヒーナ
オランダ語ではシーナ
フランス語ではシーヌ
イタリア語ではチナ
スペイン語ではチナ
と呼びます。
それに、東シナ海、南シナ海って言います。
支那そばって言います。
これらに差別的な感情を込めて言う人はいないと思います。
また、私は、元陸軍少将片倉衷さんの娘さん
(と言っても80代のおばあちゃんだけど)と話した時、
彼女がこう仰ってた。
「私ね、父の仕事の関係で、小学校の頃満州に住んでたの。
だから支那語ぺらぺらだったのよ(^^)」
そのときに、支那って言い方は、
この世代の人にとっては普通なんだな~と思いました。
彼女の話し方から特に悪意は感じませんでした。
また、中国という呼称は、中国共産党が、
チベットやウイグルなど力による現状変更を行ってる地域も含めるので、
中国と呼ぶということは、その中共の民族弾圧を容認したよ!
という意味になるんです。
*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*…
話は逸れましたが、この心理が分かると、
誰のせいにも出来ないことが分かると思います。
【見つめるべきは、自分の内側】
私が最高にジェントルマンだと思う男、栗林忠道陸軍中将
~細やかな愛情を持つ家庭人編~
彼は大尉時代に、軍事研究などを目的に昭和2年から3年間
アメリカに留学していました。
アメリカ留学時代から戦死するまでの間、家族に何通もの
手紙を書いています。
特に、子供たちに(特に長男太郎くん)宛てた絵手紙が
とても可愛らしくてほっこりします(^^)
特に末っ子のたか子ちゃんのことを、”たこちゃん”と呼び、
気にかけていました。
そのほか、妻の義井(よしい)宛ての手紙には、
出征前にお勝手の隙間風を防ぐ措置が出来なかった事を気にかけ、
風の防ぎ方の説明を詳細に絵に描き送っています。
*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*…

2月16日 お父さんより
こちらは大変暖かだから
子供たちは皆外へ出て大騒ぎをして遊んで居ます。
これは道の真ん中でスケートをやっているところです。
(アメリカの道は皆コンクリートだから)
太郎君は渋谷で見たスケートを覚えているかね
この子供の服装は
夏、太郎君にはごくよろしいと思ったから、
念入りに前、後を見せるように書いて
お母さんの参考にする
(←この絵を参考にして、お母さんに作ってもらいなさい
という意味)

太郎君へ 12月9日 父より
これはお父さんが ある寒い晩
自動車の機関部を凍み割られて
しまったところなんだよ
「や、や、や・・・・・ついにやっちゃった
こりゃどーも でかい損害だ
100ドルくらいで済めばいいがな
早く50万出してアルコールさしておけば
こんなことはなかったにな
ほんとに しゃくだな・・・・・
壊れたところは太郎君も知っている
「あわいよー」の中なんだよ
(←あわいよーはたぶん家族の中でしか通じない言葉かな?)
お父さんは 外がどんなに寒くても
元気に運動しているよ
ぴゅーぴゅー
寒いからって家の中にばかり居るのは
よくねーことだ
それに歩くのはなかなかいー運動だ
寒い日が来ると新兵教育を一生懸命
やったころを思い出すな
(←子供に分かりやすい文体で可愛らしいですね)
お父さんは夜になると日本から持ってきた浴衣を着て
勉強するんだよ
「この点が少しおかしいな・・・・」
(←セリフ入りです)

お父さんより
太郎君へ
お父さんは今度こんないい自動車を買ったの
外出したたんびに坊に買ってやったのと違うだろ
もっとも、高いのだよ
お父さんは今自動車を自ら運転しているの
坊がいればいくらでも乗せてやるのだがな
どーだ? 乗りたいかね
最新品、四人乗り、色も形もこの通りです
(この絵は見本図から切り取ったの
坊に見せようと思った)
(←今で言うカタログから切り取って貼付けたようです)

太郎君へ 10月27日 父より フォートライレイにて
アメリカの将校の処のカアチャン達は
乗馬で来ています
あああいつ等は毎日暇なものだから
ああして馬に乗っているんだな
日本の将校の細君などは馬になど乗る者は
まるで無い様だが大いに違っているわい
父さんの食事中です
よくのべつにしゃべる好きだな
全く驚き入るな・・・・
犬もこーしゃべりながら食べるのが本当だな
それだのに日本では余り黙り過ぎているわ
「しゃべりはちょ」の太郎は喋りながら食べているだろーかな
純日本娘のオフクロがだまりやだから
そんな様に一生懸命しつけているのではないだろーかな
これはトウモロコシかまたジャガイモ、
いつも同じものを食べさせるな
まあ考えると日本人の食事は相当贅沢なモノさ
べちゃべちゃべちゃべちゃ
今夜の肉はよいわね
べちゃべちゃべちゃべちゃべちゃべちゃ
むにゃむにゃ
べちゃべちゃべちゃべちゃ
マア日本はモロコシをご飯で食べないんですって?
御芋ばかり食べるのは貧乏人ですって?
ま、また随分ご冗談がじょうずになりましたね
(お父さんが言ったのは冗談だと思っている)
(←アメリカ人がコーンとポテトばかり食べているのは
昔からだったんですね。
アメリカでは特に「ディナー」はしゃべるところですから、
無理にでもこうやって口を開くのですが、
日本人の栗林中将にはどうしても
「食事中にしゃべるのは行儀が悪い」
という感覚がぬぐえないようです)
~細やかな愛情を持つ家庭人編~
彼は大尉時代に、軍事研究などを目的に昭和2年から3年間
アメリカに留学していました。
アメリカ留学時代から戦死するまでの間、家族に何通もの
手紙を書いています。
特に、子供たちに(特に長男太郎くん)宛てた絵手紙が
とても可愛らしくてほっこりします(^^)
特に末っ子のたか子ちゃんのことを、”たこちゃん”と呼び、
気にかけていました。
そのほか、妻の義井(よしい)宛ての手紙には、
出征前にお勝手の隙間風を防ぐ措置が出来なかった事を気にかけ、
風の防ぎ方の説明を詳細に絵に描き送っています。
*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*.....*…

2月16日 お父さんより
こちらは大変暖かだから
子供たちは皆外へ出て大騒ぎをして遊んで居ます。
これは道の真ん中でスケートをやっているところです。
(アメリカの道は皆コンクリートだから)
太郎君は渋谷で見たスケートを覚えているかね
この子供の服装は
夏、太郎君にはごくよろしいと思ったから、
念入りに前、後を見せるように書いて
お母さんの参考にする
(←この絵を参考にして、お母さんに作ってもらいなさい
という意味)

太郎君へ 12月9日 父より
これはお父さんが ある寒い晩
自動車の機関部を凍み割られて
しまったところなんだよ
「や、や、や・・・・・ついにやっちゃった
こりゃどーも でかい損害だ
100ドルくらいで済めばいいがな
早く50万出してアルコールさしておけば
こんなことはなかったにな
ほんとに しゃくだな・・・・・
壊れたところは太郎君も知っている
「あわいよー」の中なんだよ
(←あわいよーはたぶん家族の中でしか通じない言葉かな?)
お父さんは 外がどんなに寒くても
元気に運動しているよ
ぴゅーぴゅー
寒いからって家の中にばかり居るのは
よくねーことだ
それに歩くのはなかなかいー運動だ
寒い日が来ると新兵教育を一生懸命
やったころを思い出すな
(←子供に分かりやすい文体で可愛らしいですね)
お父さんは夜になると日本から持ってきた浴衣を着て
勉強するんだよ
「この点が少しおかしいな・・・・」
(←セリフ入りです)

お父さんより
太郎君へ
お父さんは今度こんないい自動車を買ったの
外出したたんびに坊に買ってやったのと違うだろ
もっとも、高いのだよ
お父さんは今自動車を自ら運転しているの
坊がいればいくらでも乗せてやるのだがな
どーだ? 乗りたいかね
最新品、四人乗り、色も形もこの通りです
(この絵は見本図から切り取ったの
坊に見せようと思った)
(←今で言うカタログから切り取って貼付けたようです)

太郎君へ 10月27日 父より フォートライレイにて
アメリカの将校の処のカアチャン達は
乗馬で来ています
あああいつ等は毎日暇なものだから
ああして馬に乗っているんだな
日本の将校の細君などは馬になど乗る者は
まるで無い様だが大いに違っているわい
父さんの食事中です
よくのべつにしゃべる好きだな
全く驚き入るな・・・・
犬もこーしゃべりながら食べるのが本当だな
それだのに日本では余り黙り過ぎているわ
「しゃべりはちょ」の太郎は喋りながら食べているだろーかな
純日本娘のオフクロがだまりやだから
そんな様に一生懸命しつけているのではないだろーかな
これはトウモロコシかまたジャガイモ、
いつも同じものを食べさせるな
まあ考えると日本人の食事は相当贅沢なモノさ
べちゃべちゃべちゃべちゃ
今夜の肉はよいわね
べちゃべちゃべちゃべちゃべちゃべちゃ
むにゃむにゃ
べちゃべちゃべちゃべちゃ
マア日本はモロコシをご飯で食べないんですって?
御芋ばかり食べるのは貧乏人ですって?
ま、また随分ご冗談がじょうずになりましたね
(お父さんが言ったのは冗談だと思っている)
(←アメリカ人がコーンとポテトばかり食べているのは
昔からだったんですね。
アメリカでは特に「ディナー」はしゃべるところですから、
無理にでもこうやって口を開くのですが、
日本人の栗林中将にはどうしても
「食事中にしゃべるのは行儀が悪い」
という感覚がぬぐえないようです)