149〜151日目
MASAです☆
新星ディアラヴィ復活までのカウントアップblog 149~151日目。
ご無沙汰してます。
毎日書いてきてたから、休むと心配するよな、ごめんやでm(_ _)m
何から書いていいのやらと思うくらい、いろいろあったんやけども、このいろいろを書くべきか書かないべきかめっちゃ悩んでました。
伝えたいことというか、思うことがあるんで書くことにしたので書いてます。
何かというと。
二日前の17日(木)にオトンが手術しました。
心配かけると悪いので先に書くけど、手術は成功したし、オトンは無事です。
だから、うちの実家の寿司屋ももうかれこれ二週間くらい休んでるんす。
今回のことは、家族とうちのメンバー以外には、誰にも話してなかったから、店に来てくれてた人達は不思議に思ってたと思うし、定休日以外に休むなんてこと今まで一度もなかったから、近所の皆さんからもいろいろ聞かれて、でもホンマのこと言えへんしで大変やったなー
とまぁ書きたいのはそういうことじゃなくて。
《四ヶ月前のこと》
オトンが耳鳴りがするからとかで、近くの総合病院に行くと、一応いろいろ調べてみましょうってことで、MRIやCTを撮ったりしたんやけど、そのCTを見た先生に
「腎臓に怪しい影があるから腎泌尿器科に行って調べた方が良い」
って言われたから、行って調べてみると。
腎泌尿器科の先生は開口一番こう言いました。
「この病気になって5年生きた人いないんですよ、長くて3年、短くて一年、残念やけど末期癌ですね」
全く思いもせんことやったから、オトンは放心状態なるし、オカンは泣いてるし、オレはとりあえずどういう状況か知らなと思って先生にいろいろ聞いたんやけども。
・もう手術ができる状態ではない
・手術をすれば癌が飛び散って転移を早めて寿命が縮まるからオススメできない
・普通に生活できる期間がどれだけ残ってるかわからんけど、好きなことをして残された時間を過ごした方がいい
・おそらく20年前からあった癌である
・救えるものなら救いたいけど、この病気になって回復した人を今まで長い間医者をしてるけど知らない
・手術をしたところで死期を早めるなら、同じ一年半の命でも、手術して苦しんだり後遺症に悩まされるより、仕事できる間は普通に仕事してやりたいことをする一年半の方が幸せやと思う
とのことを言われました。
それからのオトンはもう見る見る痩せていくし、この四ヶ月で16キロ痩せてオレの知ってるオトンではなくなったし。
オカンは、「なんでお父さんがこんな目にあわなアカンねやろ」ってずっと信じられんでいる感じやった。
オレは、最後まで諦めたらアカンと思ったから、その先生に何度も会いに行って、なんとかできないか頼んだけど、答えは変わらなかった。
だから、セカンドオピニオンに行こうと思って、オトンに言うと、
「もう精神的に限界やから、これ以上いろいろ医者から言われるのはキツイ」
とのことやったから、オレ一人でセカンドオピニオンに行くことにした。
どうせ行くなら、ここら辺で1番大きな病院に行こうと決めて、『関西医大病院』にセカンドオピニオンに行った。
今、思えばこれが運命の別れ道やったんやけど、この時の自分はまだそれを知らない。
関西医大病院にセカンドオピニオンに行くと
「このCTだけでは判断できないから、もっと調べてもらうべきです」
とのことを言われた。
オレは、関西医大の先生の手紙を持って、もう一度もとの総合病院の先生に会いに行った。
手紙を見た先生は
「もっといろいろ調べてもいいけど、結果は変わらないと思いますけどね、希望なら調べますよ」
と言われたから、オレはお願いしますと言って、翌週にオトンを連れて行ってもっともっと精密な検査をしてもらった。
でも、結果は変わらなかった。
「やっぱり調べても調べても結果は変わりませんね、悪性の末期癌ですから、もうそういう段階じゃないんです、残念ですけど気を確かに持ってお父さんを勇気づけてあげてください」
と言われた。
この頃には、もうオトンは、検査はするけど結果は聞きたくないって感じやったから、オレ一人で病院に行くことが増えてた。
何回通っても変わらなかったから、その先生には悪いけど、オレはセカンドオピニオンに行った関西医大病院にもう一度行こうと思って
「この全部の資料を持って関西医大に行かせてください、すみません」
とお願いした(言うなれば、“お前が言うてることはあてにならへんから他のとこ行くわ”っていう行為やから申し訳なかった)。
「気持ちはわかるけど、そんな何回診ても誰が見ても結果は変わらないよ?あなたの気が済むならいいけど」
と言って、資料を全部まとめてくれた。
そして、その資料を持って関西医大病院に今度はセカンドオピニオンじゃなく、初診としてセカンドオピニオンしてくれた時の先生に会いに行った。
精密検査の結果とCTやMRIの写真を見ながら、その先生は
「確かな影はあるけれど、まだ絶対に末期やと決めつけれないから、もっと調べましょう、それから手術しましょう、今の医学で癌は半分以上が治ってます、諦めるにはまだ早いです」
と言ってくれた。
家に帰って、オトンにそれを伝えると
「手術してもしなくても残された時間が変わらないなら最後まで寿司屋の仕事がしたい、医大は切りたがるってよく聞くから、良いように言われて手術せなアカンくなったらもう仕事できへんくなるから嫌や、この店がオレの宝なんや、オレから仕事を奪わんとってくれ」
って考えやった。
オレは「とりあえず検査だけしてくれたら話はオレが聞くから、検査だけ関西医大に行こう」って言って半ば無理矢理オトンを連れていった。
そして、関西医大で検査をしたら不思議なことが起きた。
確かな影はあるけど、尿検査からも血液検査からも癌細胞が出てこない。
管を通して腎臓の中から直接尿素をとっても癌細胞が出てこない。
この時点で、前の総合病院と検査結果が違った。
そこから、さらにいろいろ他の臓器や循環器、呼吸器、全て調べたんやけど、どの検査も一回では終わらないし、やっぱり大きな医大は忙しくて予約をとるのも全部がまた二週間先というのが続いて、とにかく時間がかかる。
いよいよ腎泌尿器科の先生が
「もう他の検査を待てないから手術した方が良い、あとは僕のこと信じて任せてくれますか?」
と言った。
手術の内容は
「お腹を切って、実際にCTで影になってる部分の細胞を摘出して検出かけて、悪性ならそのまま即片方の腎臓から尿管、まわりのリンパまで全部を摘出する手術です、大変やけど、最悪の結果でも半分以上が治ってます」
とのことやった。
オトンと話をしたら、オトンの考えは基本的に変わらんくて、
「やっぱり手術を勧められたなぁ、でも仕事を続けたいわ」
って言った。
オカンとアニキは、オトンの好きにさせたったらいいって感じやったんやけど、オレは
「このまま仕事しながら死を待つなら、結局仕事はできんくなる、手術して成功したらまた仕事はできる、それから気の済むまで仕事したらいい。言い方は悪いけどどうせ死ぬなら助かるかもしれへん方を選択するべきや、仕事が好きで続けたいなら尚さら諦めるより戦うべきやで」
って何度も言い続けた。
そしたら、オトンは徐々に考えを変えてくれて
「お前がそこまで言うんやったら手術してみるわ、アカンかっても恨んだりせーへんわ」
って言うたから。
オレは「なんで恨まれなアカンねん」って笑った。
オトンは三ヶ月目にして、やっと手術を決意してくれた。
それから、初めて家族で旅行に行った。
できる限りの時間をオトンと過ごしたし、店が休みになる度、家族で集まって一緒にご飯を食べたりカラオケに行った。
生まれて初めてオトンが泣いてるとこを見た。
オレの知らんかったオトンの話をいろいろ聞いたし、一緒にすごす時間が長くなればなるほど、時間が過ぎるのが早く感じた。
オトンは朝が来る度に「また一日過ぎてもうたな」って言うてた。
それから。
いよいよ先週からオトンが入院して、病院に見舞いに行く一週間が始まった。
そして、17日。
オトンは手術した。
全身麻酔で5時間ずっとお腹を開けたままの手術やった。
結果。
手術は成功した。
それどころか。
オトンの腎臓に癌はなかった。
炎症が原因でCTやMRIには癌の影に見えてたとのこと。
まぁその炎症も決して安心できないものではあるんやけど、これからいろいろまた結果して治療していけば命に関わるものではないとのこと。
ここ四ヶ月、余命が一年半と言われて、過ごしてた松崎家にミラクルが起きた。
手術が終わってICU(集中治療室)に行くと、麻酔から覚めて意識はまだボーッとしてたけど、オトンは泣いていた。
オカンも親戚のおっちゃんおばちゃんもみんな泣いていた。
オレとアニキだけ笑ってた(笑)
いろんな管を通されて、機械がピッピッて鳴ってる部屋で、親戚もいろいろ来てくれてんのに、オトンはただずっと
「政徳、お前は命の恩人や」
って、10回くらい言うもんやから
「何回言うねん!」
って笑いながら、ちょっと泣きそうになった。
そんなこんなで。
オトンは助かった。
病は気からとはよく言ったもので、気持ちで人は16キロも痩せるのです。
で。
オレがこのblogを書いた理由は何かと言うと。
もし、みんなのまわりに、癌の宣告を受けた方がいるなら
迷わずセカンドオピニオンに行ってください。
今じゃなくても、もし、この先そんなことがあったとしても、すぐに一日でも早くセカンドオピニオンに行ってください。
今回のオトンみたいに一発逆転できるかもしれへんし、諦めるには早いというか、一つの病院で決めきらない方がいいと思うから。
何が起きるかわからんから。
あとは、みんな健康診断を定期的に行かなアカンで!
女子のみんなは乳癌の検査も絶対行ってな!
※それが、今回このblogを書いた理由です。
しかも、オレは、大きな医大病院をオススメします。
医大じゃなくても、自分が通える範囲で1番大きな病院に行ってください。
大きな医大病院は、予約をとるのも大変やし、検査も手術も予約を待たなアカンけど、待つだけのことはあると思います。
「医大は切りたがる」とか聞くけども、オレはそれが医者のあるべき姿やと思います。
これはオレのオトンが助かったからじゃなくて、今回ホンマにいっぱい医大の先生と話して思ったことやねん。
そこに助かるかもしれない患者がいて。
“助からないかもしれない”から手術をしない医者よりも。
“助かるかもしれない”から手術をする医者の方が、オレは正しいと思います。
幸せのカタチや、あるべき死の迎え方は、人それぞれやと思うけど。
あくまでオレは、医者のあるべき姿って今回の医大の先生のような人達やと思います。
例え結果助からなかったとしても、その可能性に懸けることにオレは意味があると思う。
身を持って体験したから、決して綺麗事なんかじゃないよ。
諦めないこと。
戦うこと。
それの大切さをオレは今回のことでホンマに強く学びました。
奇しくも自分が唄うテーマと近い体験をしたから、これからまたリアリティを持って唄えると思います。
この四ヶ月間。
正直、笑えない日もあって、blogを書くのもしんどい日もあったけど。
どうにか、せっかく見に来てくれるみんなのために、おもしろおかしいblogに見えるように書いたり、自らが希望を持てるよう自分を言い聞かすかのようにメッセージを発信したり。
極限の状態で奮い立たせてレコーディングをしたりしてたんやけども。
オトンがそうなって、オレだけが好きなことを続けてて良いのかと悩んだりもしてんな。
でも、そんな時にも、オレを支えてくれたのはメンバーやスタッフであったり、みんなの言葉や存在やったんです。
聖誕祭も自分にとってかなり大きかったし救われた。
オレにはバンドしかないんやな、音楽と唄しかないんやなって思いました。
死と直面した状態でも、オトンはオレのバンドを応援してくれたから、今度はその期待に応えられるようこれからまたレコーディングと復活ワンマンに全てを注いでいきます。
みんな、いつもホンマに『ありがとう』
『また明日』
MASA☆
胸は熱いか?涙は出るか? 踏まれた心 また立ち上がれ
空は青いよ 諦めるにはまだ早すぎる だから今を…
From 『flower』
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【D☆L復活祭その1】
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※大阪編
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5月17日(土)渋谷REX
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[時間:料金]
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START 18:00
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