ハイリスク妊婦の妊娠~出産までの記録 -2ページ目

ハイリスク妊婦の妊娠~出産までの記録

2012年に27週で612gの超未熟児をHELLP症候群によるターミネーションで出産。
この度、第二子を悩みに悩みぬいて妊娠出産を決めました。
妊娠中の体の変化と妊娠中毒を乗り越えての出産(をしたい)記録。
予定日2015.6.24
※2015.6.11 無事に赤ちゃんが産まれました。

2012年7月27日 金曜日
21週と2日


前日に胎盤や胎児に異常が出て再び病院へきた。
『この機械では判断出来ない』と言われた機械でエコー(・∀・;)


妊婦検診ってどこも新人の先生みたいな感じの人が多い気がするけど、今日はパリッとした女の先生。
ただ前日の先生の力量の問題で今日も呼び出されたということなのかな?苦笑


結果は今回は推定280g。
前日は200g。
19週目くらいの大きさだそう。

120gは通常どのくらいで増えるものなのかな。。


前日告げられた臍帯の2つの問題より更に問題な事があった。


それは

⚫羊水が少ない
⚫胎盤が小さく厚い


胎盤が小さく、厚いと機能が悪くなるらしい。
胎盤が悪ければ自ずと赤ちゃんに栄養がいきずらくなる。
かといって今の医学では外から胎盤を治したり、赤ちゃんに栄養をおくることはできないとのこと。

原因も不明。子宮が赤ちゃん用に作られる時に決まってしまうので前もって何かすることもできないらしい。

今のところ赤ちゃん自体に病気や障害はなさそうと言われたけど、それも今のところと強調された。


『今の状態だと子宮内で死亡する事ももちろんありえることで、それが明日かもしれないし、来週かもわからないし。
このまま小さいけど成長をしていけば助かる可能性も出てはくるけど “いつ死んでしまってもおかしくない状態” です』

と、先生は大きな声で、投げるように言ってきた。まるで怒られてる感覚になった。


『どうする?不安だったら入院もできるけど?』

『だけど入院しても毎日3回心音を確認して元気かどうかみるだけで、何かそこであっても助けることは今の段階ではできないんですけどねッ』

生きてるか死んでるか、助からないものを確認して何になるんだろう・・・
そう思いながら返事できずにいた。


『例え、明日亡くなって次の診察までお腹にいるからって何か体の危険があるわけじゃないですけどね』と、先生は続けた。


仕事はやめるべきか、それと栄養面についてきいた。

すると 『仕事は関係ないよ、何か食べて治るなら皆とっくに食べてますからねぇ~』と、、
まぁそうだろうけど、、

そしてため息をついて『安静にして赤ちゃん大きくなるなら苦労ないんですけどね~』と続けた。

・・・確かに休養、食べ物でどうにかなるならみんな死なないよなぁ、もっともな話だった・・・。

結局入院は断り、様子をみることにした。
先生は怒り気味に『心配じゃないの!!??あんまり?!!』とまた大きな声をあげた。

また5日後に来るようにいわれたが1週間後にしてもらった。

何かあっても指を加えて見てるしかないのなら不安がって入院するならいつも通り過ごしたかった。





もし、このまま成長して500gをこえたらもっと大きい病院で(ここの病院も大きい病院でしたが)赤ちゃんをとりだして保育器で育てた方がいい場合もあるみたい。
500gまでいかないと取り出すこともできないらしい。
取り出すことができたとしても生存はほぼ不可能ということだった。
例え500gこえたとしても生きられる可能性が出てくるだけで生きられるかは分からない。
また、生きたとしても何らかの異常がでることは分かっていてもらわないと・・・と説明された。




いきなりの急展開にとにかく頭を追いつかせるだけだった。

心配してないように見えたみたいだけど、打つ手がないと言われ、冷静でいるしかないと思ったから。ジタバタしてもしかたないと諦めに近いような感じでいた。




今日は赤ちゃんの父親も車を出して病院まで来てくれたんだけど、ロビーまできて私が中の待合室にいくとどっかいってしまっていなくなっていた。

駐車場で車の中でタバコすいながらゲームをしていた。  

怒るならこの人を怒ってくれ、と、完全他人事の野郎に怒りが湧いた。

とにかく子供が出来てから毎日機嫌が悪くて私に無理をいったり、やつあたり、言いがかりをつけてきたり、とにかく金よこせ金よこせ。
お腹の赤ちゃんよりこの人の事の方が不安だった。