ハイリスク妊婦の妊娠~出産までの記録

ハイリスク妊婦の妊娠~出産までの記録

2012年に27週で612gの超未熟児をHELLP症候群によるターミネーションで出産。
この度、第二子を悩みに悩みぬいて妊娠出産を決めました。
妊娠中の体の変化と妊娠中毒を乗り越えての出産(をしたい)記録。
予定日2015.6.24
※2015.6.11 無事に赤ちゃんが産まれました。

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アプリの調子が悪いのでなかなか続けてUPできてなくてすみません。
久々に娘の時の出産の時の話の続きです。



2012年8月2日 木曜日
22週と1日


この日からしっかりした女医さんの先生が担当になった。


初めは学生みたいな先生が心音とお腹のサイズをはかる。

何度もはかる。(不安になる)

そして違う先生がきてまたはかる・・・
「小さい。小さくなってる、あれ、、」
と言いながらまたはかる・・・

そこに担当の先生がきて「もう誤差の範囲だから!」とその場は終わり暗いエコーの部屋へ。


『あんまりいい状態ではないですねぇ~』
と言ったきり黙ってしばらくエコーを見る。

羊水も更に減り羊水過少症という状態になっているそう。
前回より確実に悪い方に向かってる。

『もう、子宮内胎児発育不全です』とはっきり言われた。



お腹周りをはかる時の嫌な感じだったのは、この時期に2cm痩せていたこと。
しかも体重も1kgへっていた。
誤差ではなかったみたい。

前回から1週間、全然成長しないどころか外からの検診では減っていた。

エコーでも娘の体重は230g,260g,280gと出たみたい。
なので250g前後。
先週からまったくといっていいほど増えてないですと残念な結果を告げられた。



しばらく沈黙の後、
『名前はつけましたか?』と先生。





『もしこのままだとすると一緒にいられる時間が短いかもしれないから名前も決めちゃって静かに過ごした方がいいと思います。』


『仕事と赤ちゃんのことは関係ないし、何をしていても一緒にはいれますけど。
・・・お腹にいるわけだし。でもおうちで赤ちゃんの事だけ考えて過ごしてあげた方がいいですよ』


『後で後悔するから仕事も休んだほうがいい』


と、体の事より心の話をされた。



お腹にいる子がもうすぐ死んでしまう。

確かにここに生きてる赤ちゃんが。







入院の話もまたされたけど、、
入院したからって治療も成長をうながすことができないということもまた念をおすように言われた。

『他にいきたい病院はあるかな?何か調べた?嫌なことしかのってないとは思うけど。希望があれば紹介状もかくからね』と続けて言っていた。

なんかとっても軽い言い方で。


これも精神的なもの。
“行動はしたんだ”という・・・
転院しても今は何もできない。


精神的なものなんて自分次第。
現状は変わらないのに、そんなことにお金や時間をかけるのは無駄に思った。
事が起こった時に強くあればいいこと。



最後に相手の離れた所に住んでる実家に行く予定があることをいうと
『え?まってよ、意味わかんないよ、今やることじゃないよ!確かにどこにいて何していても、どうこうなるわけじゃないけど、何かあったらまわりも診る先生にも凄い迷惑だよ!』
声をあらげて、呆れていた。

十分話はわかる。。本当自分でも先生のいうように思う。
でもこの先ダメになるなら今しか孫を会わせることができない。


この時はなぜか使命感のようなものを感じていたし、私まで命を落としかける事態になるとは思ってもいなかった


もうお腹で育たなくなってから一ヶ月以上になった。
赤ちゃんはただ生きてるだけの状態になってる。
今は過剰に期待はせずに生きるか死ぬか分かる日までは平静に暮らすことにしようと思う。

今同じ週数の胎児は約700gくらいが平均らしい。
私のお腹にいる子は250g前後。
半分どころか半分以下の大きさまで差が開いてしまった。