Kentoさん、お疲れ様でした。
9月のお仕事、本当にお疲れさまでした。
本当は、私行きたかったよ。
9月の最後のお仕事、終わってから見送りたかったよ。
けどね、ダメだったの。
頑張ったけど、ダメだったの。
どうしても行きたくて、最後まで頑張ったの。
今までだったら、行くことができた。
Kentoさんを見送ることができた。
けど、制度が変わってしまって簡単に行くことができなくなったの。
だって、Kentoさんがいるところまで一緒にいないと
その証拠がないと、その場に並ぶことができなくて見送ることができなかったの。
それだけが、唯一大きな心残りだった。
9月の最後のお仕事の前は、何とか行くことができた。
Kentoさんがいるところに行くことができたので
その証拠も持っていたから、その場に並ぶことができた。
そのとき、Kentoさんは
「こうしてできるのって、こういう時しかないからさ。
だから、明日は休まないで。みんな来て」って聞いたとき
なんだか、心居たたまれないような気持ちになったのね。
Kentoさん、みんなに会えるのを楽しみにしていたんだね。
けど同時に、寂しがりやさんなKentoさんは、まだ健在していたんだなって。
以前だったら「ねえ・・・来てよ」なんて、甘えた顔をしながら言っていたと思う。
けど、今年のkentoさんは「休まないで来て」って
「こういう時しかないから」って・・・。
大人になったなって思った。
そして、時間を大切にするようになったなって思った。
どの時間も大切にしているんだなって。
仕事をしている時間。
休憩してる時間。
仲いい人と遊んだりしている時間。
家族といる時間。
そして、みんなに会える時間。
その時間が長くても短くても大事にしているんだなって思った。
色々なkentoさんの時間の一部に、私も一緒にいたかった。
たとえ短い時間だとしても。
kentoさんは、一人の時間だって大事にしてると思う。
そして、一人になりたいって思う時もあると思う。
その反面、寂しがりやなところもあって、
だれかと一緒にいたいって思う時もあると思う。
人が多ければ多いほど。見てくれればくれるほど嬉しいって思う。
それを目立ちたがり屋っていうのかもしれない。
けど、kentoさんにとっては目立ちたがり屋というよりは
沢山の人が見てくれることで、寂しさがなくなるし
ある意味、安堵感になっているのかなって思う時がある。
多ければ多いほど、一人になる可能性が少なくなるから。
でも、本当は
一人よりも、沢山の人がいるよりも
人と心を分かち合いたいって思っているよね。
何より、理解してくれる人がほしいって思っているよね。
私、ずっと見ているからね。
たとえ遠くからであっても、近くであっても
見れる限り、ずっと見ているから。
人は、そんな私を
「そんなことして楽しいの?」っていう人もいる。
「Kentoさんを見て、ワイワイ楽しんでいたほうがいいんじゃないの?」っていう人もいる。
確かに、Kentoさんはかっこよくてかわいいところがあって
見ていて常に飽きないし、楽しいって思う。
いつもトキメキやワクワク感を与えてくれる。
でも、私はワイワイすることが目的じゃない。
私は、Kentoさんを見ていてそれだけじゃ物足りないし
それだけで終わらないんだ。
何を思っているのか?
なぜそう思ったのか?
その背景は何があるのか?
そこに目が行く。
ある意味、そこまで見ていないと気が済まないんだ。
理解したいって思う・思わないっていう次元じゃなくて
いつの間にかそこまで見ようとしているんだ。
そのことで、もしもKentoさんが言えない何かがあるとしたら?
何気ない行動や言動、しぐさで何か気付くことがあって
Kentoさんにとって、幸せになれる道がより多く作ることができるなら
私は、それを苦労とも思わないし、切ないとも思わないし
的を得た事や、何かの解決のキッカケにつながったり
心満たされるキッカケになったり、癒されたり、元気になったり
気付きを得ることができるなら、私は見続けるよ。
見守るよ。
あなたは一人じゃない!!って、私の存在を持って証明できるようになるよ。
Kentoさんが大好きだから、私はそうするの。そうしたいの。
たとえ、大勢の人が
「そんなことして楽しいの?」とか「そんなことしたって」って
どんなことを言おうが、私はそうする!!
もちろん、見ることができるのにどうしても物理的に限りがあるかもしれない。
でも、見れるときはちゃんと見ているからね。見守るからね。
このブログ、書かない時があったって
私、Kentoさんの事忘れたことないよ。
どんなことあったって、忘れないよ。
私、ずっとKentoさんの事好きなんだと思う。
この先も・・・。
だから、見守らせてね。
そして・・・
Kentoさんが9月の仕事中
制度が変わってしまって、私が行かれなくなってしまって
Kentoさんにとって、寂しい思いをさせてしまった一人が私だとしたら
本当にごめんなさい。
あなただけは、寂しい思いをさせたくないって思ったし
いつ、どんな時も優しくしたいって思った。
もちろん、時に厳しいことだっていうときはあるだろう・・・。
叱る時だってあるかもしれない。
けど、そんなときは愛を持って厳しくする。愛を持って叱る。
傷つけることなく、愛を持って厳しくする。
厳しくしたり、叱ったって、大きな愛で包み込む。
私なりの・・・。私の立場なりの大きな愛で。
金剛力士って知ってる?
よく神社の入り口に立っているでしょ??
見るたびに怖いなあ・・・って思っていたの。
神様って、穏やかで優しいっていうイメージがあったんだけど
金剛力士だけ、勇ましくて怖いの。
なんで、怖い存在が神社にいるんだろうって思っていたの。
金剛力士は、魔を払う役割をしているって聞いたことがあるの。
それゆえ、勇ましくて怖い顔をしている???
あのね、金剛力士って
愛があるから、怖い顔ができるっていう考えなんですって
それゆえ、愛を持って魔を払う事ができる
つまり、魔に対し「悪」と認識して成敗するっていう二元論ではなく
守るものがある。愛する存在がある。
ゆえに、魔を払うことも愛を持って跳ね返すっていう考えなんですって。
いきなり、金剛力士の話をしたけどww
いきなりどうした???って話だろうけど(笑)
結局は、叱ることも、厳しくいう事も
そこには悪も成敗も追放も迫害という概念ではなく
愛を持って、学びがあるっていうこと。
それでね、私もそういう方向に考えが変わってきているので
厳しさの中に愛を持って、叱る時も愛を持っていこうって決めたの。
くれぐれも、金剛力士みたいに怖い顔はしていないので安心してね。
あと、kentoさんも金剛力士のまねして怖くしなくていいからね(笑)
Kentoさんは、Kentoさんが自然でいられることが一番なんだよ。
最後に、改めて・・・
9月のお仕事、本当にお疲れさまでした。
そして、最高の場を提供してくれて本当にありがとう。
最高に感動を与えてくれて、本当にありがとう。
この場で、この件について詳しいこと言えないのが心苦しい。
後で、お手紙書くからね。
無事に届きますように・・・。