皆さま、こんにちは!イメージコンサルタントの工藤亮子です。
さて、突然ですが、今日から数回に分けて
マイプロフィールを書いていこうと思います![]()
「亮子さんはなぜ、イメージコンサルタントになろうと思ったのですか?」
と聞かれることも多くなり
「苦労せずに順風満帆にきた人かと思ってました~」
「いつからそんなに強くなったのですか?」
いえいえ・・・
沢山の「自分探し」をして、キャリアに迷い
ようやく毎日が楽しい☆ と思える今があります。
自分の「今」をつくった「今まで」を書いていけたら。
それがブログを読んで下さっている方々の参考になったり
元気の素になることができたらいいな~。
と思っています。
長くなりそうなので
ご興味のある方は、読んでいただけると嬉しいです。
幼少期
長崎県の雲仙のふもとで生まれ
海に囲まれた素朴な町で、18歳まで育ちました。
小さい頃から、長女として厳しくも可愛がられていたと思います。
妹に怒られるかしら^^
祖父母は父方、母方ともに自営業。
父方は、衣料品店
母方は、スポーツ用品店
親戚が集まるお盆やお正月、
お洋服に囲まれた店内を走り回るのが何より楽しみでした!
小学校時代。
ほぼ毎年、学級委員長。
小学校3年生から、めがね
をかけた優等生タイプ。
スポーツも得意で、リレー、マラソン、水泳と何でもこなしていました。
中学校時代。
生徒会活動とバドミントンの部活に明け暮れた日々。
真面目な生徒でありながら、ワルの友人も多い不思議な子だったと思います。
父が高校教師をしており、厳しい家庭だったため
成績優秀であることを常に求められていました。
そのプレッシャーに負けたのか、高校の特別クラスへの入試を失敗![]()
高校時代
それでも進学校普通クラスで楽しく過ごし
高校一年生でコンタクトに
世界が変わりました。
父と同じ高校に通っていたため、職員室には父がいる。という
不思議な境遇だったかもしれません。
幼稚園から続けていたピアノ。
甘い考えで音大を目指すも
ピアノの先生からの「遅すぎる。」のひと言で諦めました![]()
部活でもキャプテンになろうかとしていた矢先、
父が長崎の対馬へ転勤に・・・
長崎の公立の教師は、離島への転勤は避けられない道です。
高校二年生で転校生・・・
大丈夫かな・・・
という心配するも束の間
すぐにみんなと仲良しに♪
ただ、ずっと続けていたバドミントン部が高校になく
仕方なく自衛隊の方の練習にまざっていました。
長崎の離島生活。
台風が近づけば、飛行機もフェリーも欠航![]()
新聞は遅れる。スーパーの品揃えは少なくなる![]()
大学のセンター試験は、受験者全員でフェリーで5時間かけて福岡へ~。
数日前に乗り込んで(欠航を避けるため)
ホテルの大広間で缶詰合宿状態。
不便なこともあったけど、温かい人たちに囲まれてたな~と思います。
大学に入るまでは、
「教師になりたい」
というよりも
「教師になるのが当たり前」
という環境で育ちました。
・・・つづく。
本日はここまでにしますね。
長い記事を読んで下さってありがとうございます![]()

