午後からは予定通り納棺へ。
故人とは親しくさせていただいていたわけではないけれど、誰にでもお優しく関わっておられたこと、覚えています。
長期の闘病にもかかわらず、とてもお綺麗な安らかなお顔されてました。
意識はしてなかったけれど
「尽くして尽くして、尽くし抜いた人生でした。
悔いはない」
という言葉を感じたので、ご苦労様でした、と手を合わせました。
それより前の午前中に、同級生の訃報が飛び込んできて愕然としていて。
元気な頃は年に2回くらい、声をかけてもらってランチしたりしていた。
状況は知っていたけれど、お見舞いに行きそびれてしまったなぁ。
ごめんね、と呟いた。
悲しい。
悲しいよ。
でも、涙が出ない。
同い年で若すぎるけど、そんな年でもあるよね。
ただただ、彼女に想いを馳せ、静かに祈った。
悲しくて、後悔もして、なんだかなあとぼんやりした頭で
それでもお腹はすいて、家族のためにご飯を作る。
夕方のスーパーは、いつもとなんら変わりなく
でも、わたしから見えるのは、靄がかかった風景で
作りながらもぼんやりしていて
夫や家族に話しても、特に何も返ってこなくて
そうか、それは悲しいね、って、それくらい言ってくれたっていいんじゃないの?
という期待は、もう捨てた。
だからそこに、わたしも何かはない。
全く悪気のカケラもなく、静かに話しを聞いてくれてること
それが思いやりの表現だから。
きっと、どう言っていいのかわからない、もあっただろうし
結局、ひとり静かに浸れた時間になりました。
悲しいなぁ
悲しい。
もう会えないって、こんなに悲しいんだね。
