晴れてきた。
晴れるとやっぱり嬉しい、元気出る。
朝採れた小松菜とブロッコリー
あ、このブロッコリーは、スティックセニョール茎ブロッコリーという種類らしい。
朝からガッツリ食べます!
夕べの残りだけどね。
昨夜声サロン内で、メンバーのPちゃん(お名前出していいか確認してないのでイニシャルね)が声サロン開いてくれて
テーマがね「お金」だったの。
たまたまスマホ見てて始まったから、ポンと気軽に参加してみた。
初参加です。
で、話しちゃったよ。
特にどうしても話したい!とかは全くなかった。
たまたま他に発言する人がその瞬間いなかったってこともあるんだけど
なんか話してみようかなあ、ととてもライトな気持ちで話しかけてみた。
Pちゃんの司会進行?、相づちとかとっても良かったし、声もステキで安心して話せた。
お金に関することを話していると、どうしても自分の在り方や前提、握りしめている妙な価値観とかに繋がっていくね。
おもしろいくらいに、そうなる。
お金に対しての思い、イメージ、感覚、それは勿論人それぞれで
共感する部分もあれば、ないない言うてるけど、あなたそれ、ありまっせ!と、ツッコミ入れたくなったり
なんか知らんけど、必要な時にはちゃんと入ってきて、凄い循環し続けてる体験談にもびっくりしたり
あーでもでも、やっぱりお金って
エネルギー=空気=愛、だよなーと
だから絶対的に「ある」し
有形無形の物々交換は必ず起こっているし
だから、無くならないものとしてのお金。
イメージとして
お金=罪悪感、というのが多いかもだけど
自分のためだけに使っちゃいけない、とか
贅沢しちゃいけない、とか
万が一の時のために貯めておくもの、とか
無駄遣いしてはいけない、とか
わたしは
お金=怖い、みたいなのがずっとあった。
通帳の残高がいくら以下になるのが怖かったのね。
それも充分にある額なのに。
これ、今思っても謎なんだけど。
無くなるくらい使ったら怒られる。
足りないから助けて、なんて言えない。
助けて=負けること
なんやろね。
誰にか?というと、夫ですな。
でね、昨年夏に、わたしにとってのこの怖い怖いタブーミッション、やってみた時の話とかもしたりね。
「生活費以外に、わたしが自由に使えるお小遣いが欲しい」
→これを言うのにしにそーになりましたよ、ええ。
怒られる!断られる!=どーせわたしはそんなことしてもらう価値のない人間ですから。
こんな前提でいりゃあ、そら恐ろしくて言えるわけない。
で、自分が勝手に握りしめてる前提だから、その通りの現実が叶うし
怖いから無自覚にファイティングポーズこちらがとるでしょ?
目の前の人は鏡だから、相手もそりゃあファイティングポーズ取るよね?
→だからますます怖いこと、怖い人になる。
って。
わたしが「そうさせてる」ってヤツですよ、典型的なソレだよ。
だから、ふつうに伝えたら、全く怒られずよ、当たり前だけど。
すぐには実現しなかったけど、引っ越ししてからはちゃんともらってます、お小遣い。
しかも結構な額で、何に使うとか一切聞いてこないし
生活費も任されてる。
同じく使い道使い方、何も言われないし聞かれない。
キャミか?
更に、わたしはどんな事になら躊躇なくお金使えるのかな?と、声サロン中他のメンバーさんの話し聴きながら考えたら!
ラルクのライブには、いくらでも出せる!
が出てきた笑笑
全公演参戦したいから、エントリーする。
その時、全部当選したらチケ代いくらかかるとか、全く考えたりしない。微塵もない。
ただただ行きたい!!!の、気持ちのみ。
地方遠征だと、往復交通費宿泊費もプラスされて、かなりの金額になるわけ。
でも、今まで出せなかったり足りなかったりしたこと、一度もないのよ!
これー、まさにピュアマネーだわー
足りなかったらどーしよー?の世界じゃなくて、行きたい!当たってー!当たったあ!サイコー!うれしいー!感謝ー!
っていう、ピュアなマネー笑笑
この感覚を日常でも、もっとやってみることよね。
むしろ日常の方が額は圧倒的に安いのに、なかなか実践し難いのは、なんでだろうね。
わたし、借金とかは自分が怖くてしないけど、ラルクに関しては、ライブ行くために足りなかったら借金出来るな、多分。
とまあ、いろいろいろいろ出てきて、おもしろかったです。
お金=空気=エネルギー=愛
=自分の在り方、前提、価値観、タブーとしてるもの
そうやって見ていくと、もっと楽しんでお金と仲良くなっていけそうだよね。
声にして話すって、すごいかも。
また参加してみよう。
大切なペットちゃんとお話しします。





