桜の時期も過ぎて、新緑がまぶしい季節
今日は風が強くて、電車も減速運転していて
それでもうまい具合に、ちゃんと着く。
テキスト1に戻って地道にやってる。
数年前、何もわからず知らずに始めた頃、わたしはここのページをどんな風に奏でていたのかな。
叩きながら、ふとそんなことを思った。
一昨日は、ちょっと久々の木枯らしが家を吹き荒れた。
本音を隠して平気なフリしてると、それを出させるための現実が起きてくる。
あなた、いつまで自分に嘘つき続けるつもり?と。
それは恐ろしいくらいの、でも愛ある天の采配。
わたしはその、人の絶望を聞きながら、希望を感じた、安堵した。
それは確かな光だ。
絶望って光なんだよね。
願いがあり、それが掴めてないから人は絶望する。
願いはちゃんとある。
だから、絶望は悪じゃない。
ちゃんと絶望すること。
そして自分の不安から、人のそれを邪魔しないこと。
前は、一緒に揺れていただろう。
共揺れ。
今は
それでも、どうあろうとこの人は大丈夫なんだ、と思えるから
引っ張られることはなくなった。
たとえ揺れても、あーわたし今一緒に揺れちゃってるなあ、と自分が気づけたら
それでよし。
もう、どうにかしない、自分も人も。
わたしにとっては、それを知るための出来事だったのかもしれない。
そんな日もあれば
今日は朝からとても嬉しいことがあり
人は完全なる孤独にはなれないね。
きっといつだって、どこかで誰かが想ってくれている。
どうなのかな?って、気にかけて連絡してくれる人がいる。
ありがたかったな。
レッスン終わってお腹空きました!
周りの人たちの会話が流れてくる。
全部混ぜこぜになって、内容はわからないけどひとつの音となって流れている。
しあわせは、そこここにある。
あふれている。
わたしはとても豊かです。




