今、自分の中に安心感があります。
自信ではなくて安心感。
自分でいることの安心
自分であることの安心
つい1、2が月前の自分をおもい返せば、まだまだオドオドして周りを伺って、周りと自分を比較して
周りに合わせている自分だったことがよくわかる。
自分に安心出来るということは、何に対しても揺るがないとか動じない、ということではないのです。
むしろその逆で
揺らいだり動じたりする自分を、しっかりキャッチする感覚。
つまりは、大いに揺らいでざわめいて動じて感じること。
大いに揺らぐこと、ざわめくこと、動じること、感じることを恐れないということ。
本来怖いわけがない、だってすべてが自分から沸き立つものなのだから。
だからそこだけを大事にして
そこだけを信頼する
他はよいの。
自分の内面の、ありとあらゆるうごめきにだけ意識を合わせる、集中する。
昨日もね、たまたまあるコメントを読んでいて思わず出た
「気持ちわるい!」という声が。
その文に乗ったエネルギーが、わたしには気持ち悪かった。
(これは否定とは異なるよ。批判でもない。わたしにとっての気持ち悪さということです)=と、こうやっていちいち書くところも、まだまだビビりだなぁ、と思う。
でもそこも敢えて書いちゃう。
それもわたしだから。
でね、声になった瞬間にね、えーー???って自分でも耳を疑ったくらい。
だって他人が書いたもの、しかもわたしには無関係なことに「気持ちわるい」って、どーよ?
でもその時、「あ、これだ!この感覚でいいんだ、大事にするのはこれなんだ!」
が腹ではっきりとわかったわけです。
なのにそこを「そんなこと思っちゃいけない」「そう思う自分はダメ」ってするから
おかしな自分になる。
苦しくなるし、しんどくなるし、自分責めるし、楽しくないし、嬉しくもなくなるし
そもそも自分は何が好きで何が嫌いかさえも、あやふやになるに違いない。
自分は自分と繋がって、ちゃんと揺らいで動じて感じて
だって気持ち悪いんだもん
だって嫌いなんだもん
だってムカつくんだもん
ちゃんと感じて出して見つめれば
ちゃんと終われる。
自己肯定とか自己受容とか、自分を信じるとか、ちょいと違う感覚。
自分の中にある
安心感
揺らぐこと
ざわめくこと
動じること
感じること
それが「在るわたし」
それが「在るわたし」に、わたしはとても安心している。
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★LINE、FBメッセンジャーでの「リアルタイムアニマルコミュニケーション」も可能ですので、ご相談下さいね★
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