こどもが


傷つかないように

失敗しないように

間違わないように

焦らないように

不安にならないように




た~くさんの「~しないように」

ずっといつもつねに

そうならないように

見張っていたいのは




実は「わたし」が

傷つくことはダメなこと

失敗することはダメなこと

間違うことはダメなこと

焦ることはダメなこと

不安になるのはダメなこと


そうやって「わたし」に対しても

「それはダメなこと」と決めつけているから


あるいは


「誰かに」そうやって決めつけられたきたから



ひとは誰もが

傷つく「自由」も

失敗する「自由」も

間違う「自由」も

焦る「自由」も

不安になる「自由」も


それぞれの手の中にあるのです。







そうならないように、と

こどもを「見張る」ことは

「わたし」がわたし自身を「見張っている」ことでもあるんだということ


こどもが

そういう「わたし」だと気づけせてくれていることなんだということ

「それはダメなこと」と決めつけている「わたし」でも

いいんだよ、ということ





だから


「やること」は「見張る」ことではなく


「ダメなことなど、何ひとつない」を知ること



そして辛いときにこそ


「助けて」を言ってきてもらえる「わたし」で在ること

そして

「助けて」が言える「わたし」になること



「あなたのために」を

「わたしのために」へ




わたしが、こうしたいから、やっていく

わたしが、こう在りたいから、なっていく




もう「わたし」が決めていいのですから






本日

待ちに待った

インテグレートライヴ@秦由佳さん


バラバラなわたしの「愛たち」が

どう統合していくのか

とてもたのしみ。