「NO」
という概念が、存在してないかも?
が
存在しているってことを
知るための
今回の旅だったなあ、と
今、書きながら感じてします。
誰が
何を
どう感じ
どう捉え
その伝え方
発する言葉
受け取り方
想い
しんどさ
うらやましさ
泣くことも
大笑いすることも
「NO」
は、どこにも
存在してない。
「ひと」がね、違うんですもん。
あったりまえだわねえ。
だから誰かは
「NO」と言ってもいいんだよ。
「それ、おかしいよ」を
言っていい。
わたしは
心で吸い込み
想いめぐらせて
とどめずに
あるいは、とどまらずに
す~っと流れていったな。
スルーとは違う。
さらさらの小川みたく
よどむことなく
おもしろ味は、無くなったかもしれないがね・・・
でも
これが今のわたしだ。
数年前、大はしゃぎで仰いだお山が
「おかえりなさい」
そうわたしに
話しかけてくれました。
お日様が空が風が空気が大地が山が
そしてお人が
ありったけの愛で
わたしを歓迎してくれた。
何かはわからないけど
何かが通り抜けて行って
何かが入ってきて
そしてどこかが何かが
変容した気がしています。
今年も無事にたのしく行くことができました。
帰ったら
おだやかなふたりと
が特別なことなく、いつものまんま
そこに居ました。
きちんとたたまれ、仕分けされていた洗濯物
わたしもはもう
すでに
「しあわせ」
であったことを
そこに見つけた。
