夕食後、家人Aが再度やってきて言った。
「カードリーディングしてほしいんだけど」
(あれ?自分でやればいいのに)
一瞬そう思ったけど
「やってほしい」
は、わたしの「学び」になること。
ホイホイ乗る母である。
3枚引きを頼まれた。
カード切りながら、話を聞く。
そこにこそ「本音」が隠れている。
引いたカードを読み取る。
感じ取っている時、そして、それを伝えてる時
わたしの伝えてたことは、わたしの言葉でなはい、に気づく。
確かにわたしが感じているのだけど
言ってるのは、わたしではない感覚。
勝手に言葉が出てきていた。
意識も無意識もなく
わたしはここに居るのだけど、わたしの思考からは遠く離れていた。
伝える。
それに対してのAの気持ち、質問。
聴く。
感じ取ったことを伝える。
この繰り返し。
Aの、根っこの部分にたどり着いた。
結局は、そこ。
そこがあるからの、質問。
そもそも、その質問が出るのはなぜ?ってことだ。
わたしであって、わたしではないんだけど、わたしが伝えている。
思考がわたしではないから、Aもすんなり聞けたみたいだし。
間違ったらどうしようとかの「自己否定感」は
ゼロだった。
そんなこと、思ってる間もなかった。
Aの表情、しぐさ、声の抑揚、目の動き、えとせとら
すべてが瞬時に見えていた。
しかし、人のことはよくわかるもんだ。
これ、自分で自分のことだと
えーと、えーと、となるし。
鍛えられるわ~
さっきお茶を取りに来て
「かくかくしかじかに決めた」
と報告あり。
さらに
「○○が必要なんだって」
おおー。
あんたはメッセンジャーか?
と思わず叫んじゃったよ。
だってその○○、
明日わたし持って行かなきゃならんものだったから。
忘れたら困るものだったのよ~
アナログに、メモメモしました

うん、まさに
メッセンジャーだったんだろうな。
すげえじゃん

