昨日は

「こうこうこうだから、出来ない、行けない」

と泣いてたひとが


今日は

足取りもかるく

出かけていく。



食欲ない
手がしびれてきた
息苦しい


ああねえ

気持ちをちゃんと「言葉」で

「言わない」から


身体がかわりにちゃんと伝えてくれてる。


やさしいんだよね、あいかわらず。

自分だけで引き受けてるもんね。





いろんな理由ならべて

「出来ない言い訳」なんぞ

しなくったっていい。



出来ないは出来ない

ただそれだけだから。


やりたい自分と出来ない自分を
行ったり来たりの

絶対矛盾


「矛盾な自分」が

同時に「居る」

だからね、しんどい。


まあでも、おそらく

ひとは誰でも

矛盾しているもの。


だけども

どっちも「在っていい」もの

「在る」もの。



ほんとにまったく

自分で自分を一番責めている

傍で見てるとよくわかる。


他にだ~れも責めてるひと、いないのにねえ。


そこに気づいて

それをやめたら

ラクになるのよ~


でも

気づけて

やめれるのも、また

「自分」しかいないのよ~



身体ってふしぎだねー

隠しても身体に出てしまう

ある意味、わかりやすいよなあ~


「言葉は顕在意識」

「身体は潜在意識」

みたいな。



なにも「特別」なことじゃない。

誰もが、そう。


わたしなんぞ

身に覚えありまくりだよ




ああそっか!

「自分だけは特別」で居たいんだねー

「わたしはみんなと違う。特別辛いのよー」

「特別辛い」という

アピールか


そーゆーことか。




だから
「出来ません」

そうしないと
「出来ません」が言えない

自分「に」理由がほしいんだねー

「特別辛い」という、肩書き?みたいな、ね


でもさ、それ

「特別」でもなんでもないんだけどね・・・



そんなこと、わざわざしなくったって

あなたはここに居ていいんです。


もうとっくに

生まれた瞬間から

誰もが

特別な存在ですから。


もうなってるよー

はよ、気づけ~~~




出来ないまんまで


ここで


ぐじゃぐじゃと


どうぞあなたの


気のすむまで。





さて今夜の『ナイナイアンサー』

わたしゃ、流れ弾にあたって、アイテテテー、となるのか???



たのしみじゃ~