外科、受診してきました。
あとは、えぐれた
皮膚が自然に盛り上がってくるのを待つだけなのでバンドエイド自宅対応で大丈夫だそうです。
ああよかった。
皮膚再生が早くなるように、患部へのヒーリングは続けよう。
しかし、待った。
2時間は待ったな。
予想はしてたけど。
2時間待って、診察2分くらいだった。
待ってる間
わたしは自分の奥深くに潜っていた感覚だった。
(もちろん目は開いてるし音も聞こえてるしお茶とかも飲んでたし)
向けられていた「意識」が、そうっだった、ということ。
「なんで?」
ずっと自分に聞いていた。
「なんで?」
「なんでそんなに心が荒れたの?」
「最近、無いよね、そういうの。珍しいね」
「いったいどうしたの?」
「伝え方」
「刷り込み」
このふたつの言葉が、繰り返し、だ。
「~なんだよ」
「~でなくてはいけないんだよ」
それは「あなた」の価値観で
まさに「正論」ではあるけれども
「そう思わなくてはいけない」ことではない。
自身の価値観が育っていき、「それ」と異なった場合
自身の「そう思わない価値観」に対しての「否定」「嫌悪」「罪悪感」
「そう思えない自分はおかしい」
「そう思わない自分が間違っている」
でも
「そう思えない自分」がいて。
「そう思いたくない自分」がいる。
板挟みはしんどいよ。
「~でなくてはいけないんだよ」
呪いの言葉にもなってしまうね~
いや、ほとんどがなるね~
小さきひとの頃から、そうやっていろんなこと、一方的に
「刷り込まれる」
あたかも、それ以外はNGであるかのように。
だから
「伝え方」
なんだろう。
「わたしは~だと思っているんだよ」
「わたしには、こう感じるんだよ」
そう
「わたしは」
なんだ。
「あなたのために」(わたしの不安を解消するために?)
「あなたを信じてる」(何を?)
「見守っている」(どうなるのを?)
深く潜りながら
怒っていたんだな、わたし。
いや、かなしみだったかも。
「怒っている自分」を
「あら~、めずらしい~」って
自分が冷やかに見てた。
(のも、また見ていた エンドレスか?笑)
それぞれの『私』を
「奪わないで、奪わないでよねっ」って
地団太踏んで
確かに怒っていました。
病院で待っている間に。
いっぱい刷り込まれて
それをまたそこに足し算してまた刷り込んで、って
もう、やめませんか?
そんな不毛なことは。
そんなことに
支配されていた
午前中だった。
めんどくさいっしょ?わたしって。
でもいいのいいの。
好きでやってんですから、これ。
P.S
らるくのこと書きたいけど、書くことがな~~~~~い\(*`∧´)/
あ、29日「さよなら国立」@らるくさん他、急遽行くそーです。
わたしは行かないけどね。
セトリがたのしみ~~~
