「始まりは終わりの始まり」
何度も来る、ということは
わたしに必要なメッセージなんだろう。
いろいろなこと
「起こる」
ということは
「在る」から、ということで
「在る」のだから
それは
「起こる」
「起こる」とは
表層に表れて、目にも心にも体にも
見えること感じること
「気づいてしまう」
「気づかざるを得なくなる」
とも言えるかも。
「気づきたくなかった」
あるいは
「気づいてたのに見て見ぬふりしていた」
ということが
「起こってくる」
それは
とても怖いことかもしれない
不安なことかもしれない
見たくないことなのかもしれない
どうなっちゃうかわからないことかもしれない
できたら
いつまでも
逃げていたい
触れたくない
知らないでいたい
それでもあえて
「起こってくれたこと」
ととらえてみたら?
ウェルカムするってことなんでしょう。
「起こったら」
それをどうするか
どうやっていくのか、いかないのか
それに対して自分はどう感じるのか
相手はどう感じているのか
どうしたいと思っているのか
どのような対処方法があるのか
そこを探っていくことになる。
いろんな選択肢をさがし
検討し
模索し
情報収集し
試行錯誤し
でもまずは
静かに「起こったこと」を受け入れていくということ
途方に暮れて
万感尽き果てて
絶望することなんだろう。
悩みながら
うなりながら
それはとてもしんどいこと
けど
「(必然として)起こってくれたから」
事が
「(絶望から)動き出す」
ということでもあるから。
「そこに在る」
ということ
「自然に無くなる」
ということが
ないのであるなら
いつかは
「起こる」
ということ
だから
「起こったら」
あとは動いていくだけで
「起こる」=「始まり」
それが「解決していく」=「終わりの始まり」
必ず「解決していけること」だから
「起こった」
とも言える。
これがわたしが今ひも解いた
心の方程式です。
数日前に、投げかけていたことの
たぶん、これが「答え」だなあ、と
感謝して
受け取りました。
