余命1年と宣告されてから、1年目の2025年4月、妻は生きていた。

2021年の発病後、徳島大学病院と徳島市民病院に、計10回入院した。この時は、症状は改善されていないものの

妻は何とか持ちこたえていた。

 

1週間に1回、徳島市民病院に通院していた。

 

ある日医師に呼ばれ私が一人で診察室に入ると、担当医から思わぬ言葉が。

 

「私は大学病院が余命1年と行ったが、私自身は半年と思っていた」と言う、更に

 

「危篤状態になっても、私は延命処置は行いません。」

 

医師からのその言葉に、私は「一日でも長く生きてもらいたい、何とかなりませんか」と言うと、この病気

非アルコ-ル性肝硬変は、薬で症状を緩和できても改善することはないと言われました。

 

何のための病院なのか、通院治療中に延命処置は行いません。と言う意味があるのか?

 

様々な疑問と医師に対する不信感があったが、私は自分の責任逃れのために言った言葉と判断した。

 

十二指腸静脈瘤破裂の手術を4回も失敗し、挙げ句の果てに延命処置は行わない。

 

これが徳島市民病院の方針なのか? 担当医の方針なのか?

 

しかし、この不信感は確信となる出来事があった。それは次回以降のブログに書いていきます。