ふと、自分の過去を振り返ってみた。
ボクの育った家庭はいたって平凡なもんです。
地方都市に住んでいて、父は公務員、母は専業主婦。年の離れた兄がいて大学にかよっていて、年の近い兄もいて、僕は幼稚園にかよってた。
食うには困らず、かといって、贅沢もせず質素な暮らし。遊び場は主に外で、あちこち走り回ってた。寝るのは8時くらいだったかな。
そんな僕も成長して普通に大学に通い、普通に社会人になっている。今では結婚もしていて家庭も持っている。そんな、なに不自由ない普通の暮らしをしていて。
ほんと「普通」な生活です。
しかし、ボクは普通だと思う反面、後悔もあります。ある種、今の生活は考えうる最低の暮らしをしているという思いに近いとおもう。
もう少し過去の話をします。
なに不自由ない生活をしていた僕も、不満に思うことはたくさんあった。
例えば、兄は大学に通っていた。そこは、都会の有名私立大学でした。しかも大学院まで卒業しているんです。今思えば、父の一人の稼ぎでどうにかなるわけはなく、家庭は借金をたくさんしていたのだろう。質素な生活はその為であったと思う。
また、教育熱心な親の考えもあり、テレビやゲーム漫画などの娯楽も制限されていた。小学生の時などは周りの子と話が合わないことも間々あった。
そして次が解決できていない問題であるのだが。
ボクは、幼少よりかけっこは常に一番だった。身長も一番後ろ。テストはほぼ100点だった。ピアノも習ってたし、運動でも負けなかった。小学生の時は、周りに自分より優れている人はいなかったとおもう。
中学にはいっても、一番とは言わぬが、学業も良好。所属する部活でも大会で賞状を貰えるほどには強かった。
要は、社会的には優越感を得ることができる状態にあった。
しかし、それでも年の離れた兄と比べると劣っていた。家に帰ると、兄と比べられ怒られる。
だから成績は隠し続けてきた。うちの家庭は一番でないと評価されない家庭だった。そして、僕は認められることはなかった。
一般的には成功していても、自分ではひどく悪く感じてしまう。イビツな劣等感はこうして生じたんだと思う。
そんなこともあり、高校入学する頃には無気力状態になってた。ただ、親に逆らうこともできずに。県下で有数の進学校(偏差値70くらい)に通った。
入学はできたが、無気力だから学年で成績は最低だったし、部活も所属しなかった。ただ、学校に行き、授業中は寝て、帰ってネットゲーム(当時まだ黎明期だった)に浸っていた。進学校では浮いており、友達も特におらず、テストはいつも赤点なのである意味有名人だった。
ここで決定的に、自己肯定感が欠落し劣等感だけが残ってしまった。
ただ、自分も嫌いなはずの親が残した変な価値観はいまだにボクの判断基準として残っていて。皮肉なことに、この教えがあったからボクは、なに不自由ない生き方をしているとも思っている。
最初ですこし触れてはいるが。何だかんだ地方の国立大学に現役で合格している。そして、今は地方で公務員として働いてる。
ただ、この事は自分が更正して頑張った結果ではないんです。一番であることが当たり前だった僕は、最低の暮らしをしているつもりが一般で言う「普通な」生き方になっている。下手したら普通より大分いい暮らしをしているかもしれない。
でも、ボクはこう思ってしまう。
本来、旧帝大(又は私立有名大学)に入学しなければならなかった。ボクは地元のインフラ系企業に幹部候補で勤めているべきだった。
ボクは、見ているものが高すぎて自分が見えていない愚かな人間です。
が、無気力で、愚かなボクでも、人に負けてはいけないという教えが自然に身に付いていて。怠けていても、何処かで勝手に人以上の努力をしているのだろう。
親の残した業が、ボクの業になっている。嫌だった教えがボクの糧になってる。
自分を許せるのはいつになるのか。
わからんなあ。
ボクの育った家庭はいたって平凡なもんです。
地方都市に住んでいて、父は公務員、母は専業主婦。年の離れた兄がいて大学にかよっていて、年の近い兄もいて、僕は幼稚園にかよってた。
食うには困らず、かといって、贅沢もせず質素な暮らし。遊び場は主に外で、あちこち走り回ってた。寝るのは8時くらいだったかな。
そんな僕も成長して普通に大学に通い、普通に社会人になっている。今では結婚もしていて家庭も持っている。そんな、なに不自由ない普通の暮らしをしていて。
ほんと「普通」な生活です。
しかし、ボクは普通だと思う反面、後悔もあります。ある種、今の生活は考えうる最低の暮らしをしているという思いに近いとおもう。
もう少し過去の話をします。
なに不自由ない生活をしていた僕も、不満に思うことはたくさんあった。
例えば、兄は大学に通っていた。そこは、都会の有名私立大学でした。しかも大学院まで卒業しているんです。今思えば、父の一人の稼ぎでどうにかなるわけはなく、家庭は借金をたくさんしていたのだろう。質素な生活はその為であったと思う。
また、教育熱心な親の考えもあり、テレビやゲーム漫画などの娯楽も制限されていた。小学生の時などは周りの子と話が合わないことも間々あった。
そして次が解決できていない問題であるのだが。
ボクは、幼少よりかけっこは常に一番だった。身長も一番後ろ。テストはほぼ100点だった。ピアノも習ってたし、運動でも負けなかった。小学生の時は、周りに自分より優れている人はいなかったとおもう。
中学にはいっても、一番とは言わぬが、学業も良好。所属する部活でも大会で賞状を貰えるほどには強かった。
要は、社会的には優越感を得ることができる状態にあった。
しかし、それでも年の離れた兄と比べると劣っていた。家に帰ると、兄と比べられ怒られる。
だから成績は隠し続けてきた。うちの家庭は一番でないと評価されない家庭だった。そして、僕は認められることはなかった。
一般的には成功していても、自分ではひどく悪く感じてしまう。イビツな劣等感はこうして生じたんだと思う。
そんなこともあり、高校入学する頃には無気力状態になってた。ただ、親に逆らうこともできずに。県下で有数の進学校(偏差値70くらい)に通った。
入学はできたが、無気力だから学年で成績は最低だったし、部活も所属しなかった。ただ、学校に行き、授業中は寝て、帰ってネットゲーム(当時まだ黎明期だった)に浸っていた。進学校では浮いており、友達も特におらず、テストはいつも赤点なのである意味有名人だった。
ここで決定的に、自己肯定感が欠落し劣等感だけが残ってしまった。
ただ、自分も嫌いなはずの親が残した変な価値観はいまだにボクの判断基準として残っていて。皮肉なことに、この教えがあったからボクは、なに不自由ない生き方をしているとも思っている。
最初ですこし触れてはいるが。何だかんだ地方の国立大学に現役で合格している。そして、今は地方で公務員として働いてる。
ただ、この事は自分が更正して頑張った結果ではないんです。一番であることが当たり前だった僕は、最低の暮らしをしているつもりが一般で言う「普通な」生き方になっている。下手したら普通より大分いい暮らしをしているかもしれない。
でも、ボクはこう思ってしまう。
本来、旧帝大(又は私立有名大学)に入学しなければならなかった。ボクは地元のインフラ系企業に幹部候補で勤めているべきだった。
ボクは、見ているものが高すぎて自分が見えていない愚かな人間です。
が、無気力で、愚かなボクでも、人に負けてはいけないという教えが自然に身に付いていて。怠けていても、何処かで勝手に人以上の努力をしているのだろう。
親の残した業が、ボクの業になっている。嫌だった教えがボクの糧になってる。
自分を許せるのはいつになるのか。
わからんなあ。