「要さん、新しい映画決まったのね」

「ああ、究極のラブストーリーだとさ。 まぁ、そんなキャッチコピーは毎度のことだから関係ねーけど」

「ふーん」


そう返事すると、膝枕でくつろいでいる人気俳優は不満そうな顔をして私を見上げた。


「なーんか、むかつくんだよなぁ、その反応」

「そう?」

「何とも思わねーの?」

「なにが?」

「濃厚なラブシーンもあるとかで話題になってんだぜ?」

「そうなの、頑張ってね」


ますます不機嫌な顔になる。

……何とも思わないわけないじゃない。

恋人と他の女の人のラブシーンを、演技だってわかっていても喜んで見る女がどこにいるのよ。
仕事だってわかってるわ。
でも、頭で理解できても心はそう簡単にはいかないものなのよ。

だから、わざとこうやって無関心なフリするの。
だって…


「…おい、明里」

「なぁに?要さ…」


起き上がった要さんに半ば強引にキスで唇を塞がれて、苦しくなるくらいきつく抱きしめられる。


「…少しくらい妬いてくれたっていいんじゃねぇの?」


妬いてるわよ、いつだって。
でも、こうやって拗ねて、キスされて抱きしめられる瞬間が好きだから。
無関心なフリはやめられない。

<END>

お題配布元:恋したくなるお題(配布)


「理解不能なくらい好きなんだっての」

「唇だけじゃものたりねーんだよな」

「俺はお前に飢えてんの」


お願いだから、そんな台詞サラリと言わないで。

ただでさえあなたが好き過ぎて苦しいのに。
そんなことを言われたら、嬉しくてどうにかなってしまいそうじゃない。


「いいぜ?別に。
 どうにかなったって お前のこと好きなのは変わりようがねーし。
 つーか、そのほうが俺も嬉しいし。
 愛されてるって感じするじゃん?」


ホントにもう…。
あなたのせいで私はいつでも天国の一歩手前。

だから、少し黙ってて。
どうせ天国に行くなら


「そんな台詞、サラっと言うんじゃねーよ」


ってあなたが顔を真っ赤にするくらいのこと、私も言って道連れにしてやるんだから。

今に見てなさい。

<END>

お題配布元:恋したくなるお題(配布)

前は

『人気俳優の恋人なんてなるもんじゃないわね』

なんて言いながら、ふくれっ面して俺が主演の恋愛物のドラマを見ていたくせに。
今となってはフツーの顔して、俺の隣で


「今回の映画の役、要さん、演りやすそうね」


なんてことまで言いやがる。
一番愛しいヤツに俳優としても評価されるのは確かに嬉しいけど。
どーも納得いかねーんだよな。


「………。」


急に訪れた短い沈黙。
けど、それはすぐに破られて。


「ねぇ、要さん?」

「ん?」


顔を向けたら、珍しく不意打ちのキスを頂いた。
単純にも喜ぶ俺。
そんな俺を見て


「…嬉しそうね、要さん」


悪戯っぽくクスクスと笑う。
だから、なんなんだよ、おい。

そしてふとテレビに目を向けると、長いキスシーンが終わるところだった。
…なんだよ、そういうことか。

思わず顔がにやける。
そして今度は俺から抱き寄せて、一言呟いてからもう一度その唇をいただいた。


「…バーカ」


素直に言えっての。可愛くねーな。
…いや、逆だな。
可愛いことしてくれんじゃん。

改めてぎゅっと力いっぱい抱きしめて、耳元でささやいた。


「唇だけじゃものたりねーんだけど。責任、取れよ?」


<END>

お題配布元:恋したくなるお題(配布)


新宇宙の女王である君と逢瀬が許された、ただ1つの理想郷。
君と僕の理想郷。
そんないつもの約束の地。
光の中でしか生きられない幻の蝶がひらひら舞うのを眺めながら
青々とした柔らかな芝生に並んで座る君と僕。


「綺麗ですよね。」


突然、君が言った。
僕らの目の前で舞い続ける蝶のことだと思って、


「そうだね。この蝶の美しさは初めてここで見つけたときから変わらないな。」


と答えたら。


「蝶のことじゃありませんよ。」


と、君が『もう』と口を尖らせた。


「じゃあ、何のことだい?」

「セイラン様のことです。」


君の答えに思わず顔をしかめた。

いきなり何を言い出すんだ、一体。

確かに他人から評価されるとき僕は、容姿についてそう言われることが多い。
しかし、僕にとってはそんなことはどうでもいいし、それだけで評価されることがしばしばあることも鬱陶しく感じていた。
それを知っているはずの君からそんな言葉が出るとはね。
一体、なにを考えているんだろう。

口には出さなかったけれど、僕が考えていることがわかったのだろう。
君はそのまま話を続けた。


「セイラン様が綺麗なのは、容姿だけじゃないです。」

「ふぅん…?じゃあ、他にどこが綺麗だって言うんだい?」


君は何を言ってくれるのか。
期待をしていると、君は即座に答えた。


「心です。」

「…心?」


なかなか意外な答えだった。


「…君はいつも、僕が予想もしないような突飛な行動や発言をするけど、今回も相変わらずだね。」

「え、
そうですか?」

「ああ。…じゃあ、聞かせてもらえるかな?どうして僕の心が綺麗だと思うのか。
 世間一般の評価では、僕は偏屈で皮肉ばかり言う変わり者らしいからね。
 そんな人物の心が綺麗だなんて言う理由を聞かせてほしい。」

「確かにセイラン様がおっしゃることは、厳しくて皮肉交じりです。」


おやおや、意外に君も言うね。
ヘタな気遣いに飾られた言葉よりも、そういうほうが好きだけれど。


「でも、間違ったことは言ってないんです。どれも核心をついたことばかりで…。
 それって、セイラン様が綺麗な心をお持ちだってことだと思うんです。
 綺麗な…透明な心で見てるから本当のことが見えるし、透明で綺麗な心だからこそ嘘をつかない。
 正直に言うからこそ、皮肉にも取られちゃうと思うんです。」


ふぅん…なるほどね。
そんなことを言われたのは初めてだった。
僕自身も、自分がそういう人物だって考えたことはなかったからね。


「でも本当に心が綺麗なら、たとえ真実だとしてもこんなに意地の悪いことは言わないんじゃないかい?」

「そ、そうかもしれませんけど…でも、だから、それは…。
 と、とにかく!セイラン様は透明で綺麗な心をお持ちだと思うんです!」


彼女はそこはどうしても譲る気がないらしい。
僕も頑固なほうだと自覚しているが、彼女はこういうことにおいては僕のそれを上回る。


「…クッ。」

「ど、どうして笑うんですか!ひどいです!」

「いや、君の話を聞くのは本当に面白いと思ってさ。」


どこか納得いかない表情で僕を見つめる君にまたくすりと微笑んで、僕は言葉を続けた。


「そうだな…仮に僕が、君の言う通り綺麗な心の持ち主だとしよう。
 でも、僕の隣には僕よりずっと透明で綺麗な心の持ち主がいるんだけどな。」


言いながら、彼女の栗色の髪にさらりと触れる。
わかりやすい君は、驚いた表情でその頬を赤く染める。


「えっ?あの…セイラン様?」

「僕を綺麗な心の持ち主だって思う君の心のほうが、ずっと綺麗ってことさ。」


くすくす笑う僕に、君は顔を赤くしながら照れ笑いを浮かべた。
そんな君を見て、自分の言葉を反芻した僕はふとあることに気が付いた。


「…あぁ、そうか…なるほど、そういうことか…。」


君は僕の独り言に不思議そうに首を傾げる。


「ずっと不思議だったんだ。どうして、僕はこんなにも君に惹かれるんだろうって。
 運命、だなんて陳腐な言葉で結論付けたくはなかったからね。
 …でも、ようやく今わかったよ。」


不思議そうな表情を崩さない君に、たった今わかったその理由を告げた。


「僕は真実に綺麗なものを否定できるほど、天邪鬼な精神は持ち合わせていない。
 言い換えれば、綺麗なものが好きってことさ。
 …こんなに綺麗な心を持つ君を、愛しいと思わないわけがないだろう?」

「セイラン様…。」


君は照れくさそうに、けれど嬉しそうに美しく微笑んだ。


「…全く、勘弁してくれないかな。」

「えっ?」

「そんな顔で見つめられたら、君を抱きしめたくなってしまうだろう?
 抱きしめたら、キスだってしたくなる。
 キスをしたら、もう離したくなくなるに違いない。」


いくらここが僕らの理想郷とはいえ、彼女は新宇宙の女王。
僕は自由だけれど、君は執務が山ほどある中を抜け出して来ている身だ。
そんな君をずっとここで独り占めするわけにはいかない。
そう告げると、君は。


「…それでもいいです。
 今、あなたに抱きしめてもらえないことのほうが辛いですから。」

「…全く、君という人は…困った女王陛下だな。」


そうは言ったものの、君がそう言ってくれることを期待していた僕がいたのも事実。
言葉には出さないけれど。


「じゃあ、とりあえず…もっと傍に来てもらえるかな?
 キスをするには少し遠いようだから。」


僕の言葉に頬を赤く染めたまま、恥ずかしげに頷いて
さっきよりも僕に近寄った君をそっと抱きしめた。

職務を放り出して逢引、か。
女王としては良くない行動だろうね。
そして、君が女王と知っていてそうさせている僕の行動も。

恋は人に愚かな行動をさせる。
そんな例を、現実にも物語の中でも飽きるほど見てきたけれど、まさか自分もとはね。

でも、相手が君ならそれも悪くないかな。
…なかなか重症だね、僕も。

レイチェルに怒られてしまうかな?
女王陛下にこんなことをさせて。
でも、もう少しだけ見て見ぬフリをしていてもらえるかな。

…しかし、君は僕を綺麗な心の持ち主だなんて信じているけれど。
こうやって君を抱きしめていて、僕がわりと理性ギリギリなことを気づいてるんだろうか?

抱きしめたらキスをしたくなる。
キスをしたら、もっと触れたくなる。

そんな僕の心に気づいていないとしたら…それを気づかせてみるのも、面白いかもしれない。
…こんなことを考えているなんて、やっぱり僕は少なくとも透明な心の持ち主ではなさそうだな。


さて…どうしようかな。
まずは、さっきから気になって仕方ない、君の唇に触れてみるとしようか。
女王陛下への誓いの口付けではなくて、君に恋焦がれる一人の男としての口付けを。

<END>

お題配布元:恋したくなるお題(配布)

「ねぇ、益田さん」

「なに?」


振り向いた途端、カウンター越しにキスをされた。
あまりにも不意打ち過ぎて、それがキスだとわかったのは唇を離した君が



「…また朝からお酒飲んだでしょ、益田さん」


と言ってからだった。

どちらかというと恥ずかしがり屋な彼女からキスしてくるのは珍しい。
開店前で二人きりとはいえ、店でするなんてさらに珍しい。
かなり驚いたけど、結構嬉しいことだと気づく。
照れる君にキスをするのも好きだけど、こうやって君からキスされるのも悪くない。

…しかし、彼女の言葉が引っかかった。


『また朝からお酒飲んだでしょ』


もしかして、今のキスでバレた?
彼女の顔色を伺うと、呆れたようにため息をひとつ。


「やっぱり飲んだんですね?」

「…まさかキスで取り調べを受けるとは思わなかったよ」



そのとき、ふと先日の出来事を思い出した。


『いつか絶対、仕返ししますからね!』


これはもしかして…と思い、彼女の顔を見ると。


「この間の仕返しです」


と笑った。


「参ったな。君もなかなかやるね」

「聞いてもはぐらかされるだけですから。お酒の匂い、少し残ってましたよ」

「やれやれ…今後は気をつけるよ」

「そうしてください。朝からお酒は体に悪いですから」


『はいはい』と君の頭を撫でながら答えた。
あ、でも…


「やっぱりやめられなさそうだな、それ」

「どうしてですか」

「今日みたいに君からキスしてくれること期待するから」


そう言って指で君の唇をなぞったら、叱られるようにその手をつねられた。
『まったく、益田さんったら…』と言いながら顔を赤くしていた。


「だって君からキスしてくれるなんてなかなかないだろ」

「もう…益田さんのために言ってるんですよ?」

「じゃあ、朝から酒飲まなかったら、君からキスしてくれるかい?」

「…そうしたら、朝からお酒飲むのやめますか?」

「もちろん」


自信たっぷりにそう頷くと、彼女は『うーん』としばらく考え込んだ後、ゆっくり口を開いた。


「…わかりました。私も約束守りますから、益田さんも守ってくださいね?」

「了解」


「じゃあ、指切り」


差し出された小指に苦笑いしつつも、その仕草が何だか可愛らしくて、それに自分の小指を絡めた。

思いがけない仕返しだったけれど、予想通り、彼女らしい可愛いものだった。


そんな彼女に、俺は心底惚れ込んでいる。

<END>


「ねぇ、こっち向いて?」

「何ですか、益田さ……」


振り向いた君にカウンター越しにキスをした。
開店したばかりでまだお客がいないとはいえ、店での突然のキスに驚いた君は呆然とし、すぐに顔を真っ赤にして手で唇を覆った。


「…やっぱり、君じゃないよな」

「え?」


不思議そうに首を傾げる君。
俺は中身がかなり減って、あと1杯分くらいしかない1本のワインボトルを取り出した。


「このワイン、まだ開けてなかったのに、かなり減ってるのに気づいてね。誰が飲んだのかなって思ってさ」

「それでキス、ですか?」

「そ。君はワインの匂いも味もしなかったけどね」

「またなんでこんなやり方で…」


まだ赤い顔のまま、呆れたように小さくため息をついた。


「あれ、ワインとキスの話、知らない?」


『知らない』と首を横に振る。


「昔、ワインってのはすごく高級な飲み物でさ。
 
旦那が仕事に行ってる間に奥さんがこっそり飲んでないか確かめるためにしていたのがキスの始まりだそうだ」

「へぇ…そんな由来があるんですね」


納得した様子の君の頭を撫でた。


「まぁ俺の場合、ただキスしたかっただけなんだけど」

「え」

「だってこのワイン、今朝俺が開けたやつだし」

「益田さん!」


グーの形にしたその小さな手で、カウンターに身を乗り出して攻撃しようとする・
『ごめん、ごめん』と謝りながらその桜色の髪をなだめるように撫でた。


「…益田さん」

「ん?」


不機嫌そうに口をとがらせた君は、俺の頬を両手でぷにっとつまんで。


「いつか絶対仕返ししますからね!」


と、宣戦布告してきた。

またそれだ。
君はどんな顔をしても、何をしても可愛いってことにホントに気づいていないんだね。
まぁ、そこがまた可愛いんだけど。

さて、一体どんな仕返しをしてくるんだろうか。
きっとそれも可愛らしくて微笑ましいものなんだろうな。
俺は自分がされたのと同じように、彼女の頬をつまんで言った。


「楽しみにしてるよ」


<END>

きらり。
また、光った。

にっこり。
また、笑った。

左手の薬指で時折きらりと輝くダイヤの指輪。
それを見てはにっこりと微笑む親友の恋人。
まるでずっと欲しかったおもちゃを与えられた子供みたいな顔をしてさ。
何度も何度も…左手を眺めてはきらりと輝かせる。

その度に嬉しそうに、幸せそうに君は微笑む。
それはもう、見ていて苦しくなるくらい。


「ご機嫌だね、生徒さん。」

「あ…わかります?」


その天然っぷりは相変わらずだね。
こんなにもにこにこしてる君を見て、機嫌が悪いんだなと思う人間がどこにいるっていうんだい?

…でもまぁ、そんな君を見るのも悪くない。

たとえ相手が自分じゃなくても、想い人が幸せそうにしている姿は
やはり嬉しいもんだ。


「よかったね、念願のものが手に入って。」

「えへへ…。」


数年前と変わらないあどけない笑顔。
こんなに幸せそうな彼女を見るのは初めてかもしれない。

…幸せになって欲しい。
そう思うのは本当。

でも…肝心のその一言が言えない。

今更ながら、心の奥底の想いが暴れだして妨害してくる。
諦めが悪いったらないな、まったく…。


「…じゃあはい、これサービス。」

「え?いいんですか?」

「どうぞ、どうぞ。」


差し出したカクテル。
それは『アレキサンダー』。

自分ではもっと大人なつもりでいたんだけどね。
どうもまだ、大人になれきれないみたいなんだ。

だから、今は…このカクテルで言わせてもらうよ。

結婚、おめでとう。
…幸せになって。

<END>

【アレキサンダーとは】
元は『アレキサンドラ』と呼ばれていて、英国国王のエドワード7世と、デンマークのアレキサンドラ王女の結婚式の際に献上されたと言われています。

お題配布元:恋したくなるお題

好きになった女性(ひと)が親友の最愛の恋人だなんて。
俺も運が悪いというか、なんとかいうか…。
ベタな昼ドラなら、この三角関係からドロドロの愛憎劇が始まるのだろうけど。
俺にはそんな趣味はない。


「今日のご注文は?」

「ジン・トニックを頼む。」

「はいよ。生徒さんは何にする?」

「益田さんってば…もういい加減に『生徒さん』はやめてくださいよ。
 私にもちゃんと名前あるんですから。」

「ははは。ごめん、ごめん。」



君たち二人を壊しなんかしない。
俺と零一の10数年を壊しなんかしない。

だから線を引くよ。
これ以上踏み込まないように。
この想いが線を越えないように。


「俺の中ではね、生徒さんはずっと『生徒さん』なんだよ。」


俺の言葉に『もうそんな歳じゃないのに』と
君は頬をふくらます。

そう…線を引くよ。
決して越えてはいけない線を。


君の名前を呼ぶことで
君の名前を呼ぶ度に
想いが溢れてしまわぬように。

<END>

もどかしい恋のお題。

お題配布元: 恋したくなるお題 配布


テニプリのブン太×幸村の元になったお話。

長年の付き合いの親友と、その隣に座る可愛らしい女の子。
何とも微笑ましい光景だね、本当に。

そして、何とも妬ましい光景だよ。
本当に…。

けれど、俺は得意のポーカーフェイスで
そんな想いは微塵も表に出さない。
いつもの飄々とした態度でシェイカーを振る。


「はい、どうぞ。生徒さん。」

「もう、マスターさんったら。もう生徒じゃないのに、私…ありがとうございます。」


グラスを手渡すその一瞬。
そう、ほんの一瞬。
触れ合った指先。

ただ、それだけなのに
胸がきゅっ…と
締め付けられたような気がした。
そんな自分に苦笑い。


「……俺もまだまだ、だね……。」


かすめた指先は、まだ少し熱を帯びていた。

<END>


もどかしい恋のお題。

お題配布元:恋したくなるお題 配布



「好き、なんだと思う。…よくわかんねぇけど」

「誰が、誰を?」

「…俺が、幸村くんを」


小さく「ふぅん」と言った幸村くんの次の表情と言葉が怖くて背を向けた。

あぁもう、なんでこんなことになっちまったんだ。



◆◆◆◆



いつから好きなのか、と聞かれると正直わからない。
気がついたらそうなっていた。
ただ、男を友達としてではない気持ちで好きになったことなんてなかったから、これがそういう感情だと気づくまで時間がかかった。

同性を好きになる人が世の中にいるのはさすがに知っている。
最初から同性しか好きになれない人、異性も同性も好きな人、様々だ。
好きという感情に性別という制限をかけること自体がおかしいとかいう人もいるけど、そこらへんは俺にはよくわからない。

ただ、俺もよくあるパターンで、それまで好きだと思ったのは女の子だった。

幸村くんは「女の子みたい」なんて言われるけど、現実にはどう見たって男だ。
喉仏出てるし、肩幅あるし、筋肉もある。
だから「女みたいだから男だけど惚れた」ではない。
でも「性別なんて関係ない。幸村くんという人間に惚れたんだ」なんて大それたことを言うつもりもない。

ただ、幸村くんへの感情について考えたら、友達という感情を超えているような気がした。


◆◆◆◆


思えば、俺は幸村くんが苦手だった。
真田や柳は1年の頃から今の3強オーラ全開だったけど、幸村くんはやっぱり意外だったんだ。
「強そう」って雰囲気はあった。
でもあそこまで強いなんて誰も思わなかった。

真田はわかりやすくていい。
柳はわかりやすいわけじゃないけど、でも掴みやすい。
幸村くんは、とにかくよくわからなかった。
ただとにかく強い。そこが怖かった。

でも、その強さに憧れた。
自分も強いほうではあると自負していたからこそ、幸村くんの誰にも敵わない強さに憧れた。
同級生にそんな気持ちをもったのは初めてだった。

ある日、部活で幸村くんと模擬試合をしていたときのことだった。
ただなんとなく「ここでこうしたらちょっと面白いんじゃないか」と思ってやってみたら、ネットで一度跳ねたボールはそのままネット上を滑り、相手側のコート落ちた。


「へぇ…!今のすごいじゃないか。偶然?」

「いや、こうしたら面白いんじゃないかって思って…まさかあそこまですげーことになるとは思わなかったけど」

「もう一度やってみてくれないか」


そう言って再びボールを打つ幸村くん。
俺は再び同じように返した。
ボールは再びネット上を滑り、相手側のコートに落ちた。


「すごいな、ボレー得意なのは知ってたけどこんなこともできるのか」

「これは精度を磨けばいい武器になる。トレーニング法を考えてくるとしよう」

「そうだな。蓮二、頼む」


落ちたボールを手にとった幸村くんは、マジックのタネを探す子供みたいにそのボールをしげしげと見つめていた。


「ちょっとした思いつきであんな技が生み出せるなんて、丸井は天才的だね」


そう言って笑った幸村くんを見たときの、心臓が跳び跳ねるような感覚は今も覚えている。
顔に熱が集中するような感覚も。

嬉しかったんだ、俺。
幸村くんに認められたような気がして。
しかもボレーが得意って思われてたことも。


「…お前、わかりやすいな」


悟られないようにポーカーフェイス気取ってたつもりだが、相棒には気づかれていた。


「真田ー、今日のコート整備やるぜージャッカルが」

「ちょっ…おい、ブン太!」

「ジャッカルのくせに生意気なこと言うからだろぃ」


思えばこの頃からだった、妙技を編み出すようになったのは。
「天才的」って言葉を頻繁に使うようになったのも。
もっともっと幸村くんに認めてもらいたかった。
俺のテニスを幸村くんに見てもらいたかった。
憧れの幸村くんに。
そう思ってたけど、それは少し違うことに気づいたのは、2年の終わり頃。


◆◆◆


全国大会を終え、3年生が引退した。
それに伴い幹部交代も行われ、部長は誰もが予想していた通り、幸村くんが選ばれた。
立海テニス部の部長は引退する3年生が選ぶことになっているが、副部長以下は新部長が選出することになっている。
それを決めるミーティングのときのことだった。


「俺で部長が務まるか正直不安だけど…みんな、よろしく」

「何を不安に思う必要がある、幸村。実力、冷静さ、統率力、いずれを取ってもお前以上に適任な者などいるものか」

「フフ、真田にそう言われると少し自信が持てるよ」

「では幸村、新部長として最初の仕事に取りかかってもらおう」


柳の言葉に頷いた幸村くんは、一呼吸おいて、手を差し出した。


「真田、副部長はお前に頼みたい」

「…俺が?」


驚いた顔をした真田はちらりと柳を見た。
副部長に選ばれるのは柳だと思っていたようだ。


「実力、厳格さ、実直さ。どれを取ってもお前以上の適任者はいないよ」


そう言って幸村くんは微笑んだ。


「副部長として、部長の俺を支えてくれないか、真田」


真っ直ぐに真田を見つめる幸村くん。


「…うむ。立海テニス部の先頭を立って歩くお前の背中は俺が守ろう」


そう言って真田は差し出された手を取った。
自然と生まれた拍手。
誰もが王者立海を先導するに相応しい2人だと感じていたと思う。

ただ1人、内心ひどく動揺していた俺を除いて。


…なんだよ。
何なんだよ、これ。
かたく握手を交わす2人を見ているのが辛かった。
何だか心の底でどろどろしたものが溢れて気持ち悪かった。
2人を称賛するような空気が更にそれを増長させる。

副部長になりたかった?
そんなんじゃない。
真田か柳だと思ったし、やりたいとも思っていなかった。
なのに何で…あぁもう気分が悪い。

このときの俺はただひたすら自分の中のよくわからないどろどろしたものが気持ち悪くて理解できなかった。
でもすぐにわかった。


嫉妬、だ。


幸村くん本人に最も信頼していると言われた真田が羨ましかった。
俺ではないことくらい、最初からわかっていたけど。
でも、わかっているからといって平気なわけではない。
わかってはいたけど、突きつけられたくなかったんだ。


そして、俺の中に疑問が生まれた。


俺の幸村くんへの気持ちは果たして「憧れ」だけだろうか?
テニス以外で、こんなに人を妬むことがあっただろうか?
ただ憧れというだけで、こんなにもダメージを受けるだろうか?

答えらしきものは疑問と同時に生まれていた。
ただ、認められなかった。

いやいやいや、まさかそんなバカな。
だって俺は男だし、幸村くんも男だし。
そもそも友達で仲間だし。
それ以上の関係になるなんてあるか?…ないだろ。

…じゃあ、この感情はどう説明する?

否定と疑問を交互に繰り返す。
そうやって認めないでいた。
自分の気持ちを。


◆◆◆


「…幸村くん?」

「ん?あぁ、おはよう、丸井。早いね」

「幸村くんもな。何してんだ?」


冬休み中の練習日、いつもより早く目が覚めた俺は先に練習でもしようかと早めに来てみた。
すると、部室の外で幸村くんがガーデニング用のシャベルを持って何やら作業をしていた。


「花の球根を植えようと思って。時期としてはちょっと早いんだけど…」

「ふーん。…手伝おうか?」

「いいのかい?何か用事があって早く来たんじゃないのか?」

「たまたま早起きしただけ。で、何すればいいんだ?」

「ありがとう。まずはこれを…」


幸村くんの指示を受けて球根を植える。


「そういえばこれ、何の花なんだ?」

「皇帝ダリア。咲くのは夏頃かな。背の高い花だから、俺らの身長くらいまでは育つと思うよ」

「すげぇな」

「ただ、茎が弱い花なんだ。そのままにしておくと倒れてしまうから、茎が伸びてきたら支柱を付けてあげないといけないんだ」

「うちの『皇帝』と違ってか弱いんだな」

「フフ、そうだね。でも、そうやって支えてあがながら咲いた花を見上げるのが好きなんだ」


まだ土の中にいるその花が見上げる高さになる頃を思い浮かべているのか、幸村くんは楽しそうに微笑む。


「…似てる気がするんだ、ダリアって」

「何に?」

「うちのテニス部に」


幸村くんは元々何を考えているのかわからない雰囲気がある人だけど、今回は本当によくわからない。


「丸井は全国大会、優勝したいと思うかい?」

「もちろん。当然だろぃ。したいっつーかするし」

「フフ、俺もだよ。…だから、後悔したくないしみんなにも後悔させたくないんだ。
いつも厳しいことを言って、厳しい練習をして…たまにふと、何でここまでって自分でも思うんだ。
でもその度に思うことは、もし負けてしまったときに『もっと練習しておけばよかった』なんて思わせたくないんだ、みんなに。

『ああすれば勝てた』
『でも練習不足でそれができなくて勝てなかった』

…そんな後悔、させたくない。
負けなければいいってものでもない。
勝ったけれど、試合内容に納得がいかないとか、運良く勝ったなんて試合では納得できない。
そんな思いもさせたくない。
でも、一人で自分を厳しくできる人間なんてなかなかいないだろ?
真田とかはまぁ別として。
みんな、ダリアと同じなんだ。
そのままでは倒れてしまう。
だから俺は支柱となって支える。
それが、王者立海の部長としての俺のするべきことなんだ」


正直、驚いた。
幸村くんがそこまで思っているなんて。
幸村くんは真田や柳と同じように自分を律することができるタイプで、それに王者立海の歴史とプレッシャーが加わってあれだけ厳しいんだと思ってた。

でも今、ダリアの球根を植える幸村くんの表情は優しくて。
少しだけ、幸村くんのことを知れた気がした。
同時に、この部長と一緒に全国大会に行けることが嬉しかった。


「…なんて、ちょっとカッコつけ過ぎたかな?
単に俺がこの花が好きってだけなんだけどね。
ほら、部室に植えてあれば毎日来る場所だから面倒見られるし。
俺が植えた花なら真田も文句言えないだろうし」

「職権乱用かよ!せっかくちょっと感動してたのに…」

「へぇ、丸井が?」

「悪いかよ」

「フフ、冗談だよ」


そう言って道具を片付け始めた幸村くんを手伝った。


「多分、俺たちが3連覇を成し遂げた頃には咲いてると思う」

「じゃあ、祝勝会はここだな」

「真田がOK出すかな、校内だし」

「そこは部長権限で何とかしてくれよ」

「フフ、そうだね」


片付けを終えてもまだ集合まで時間があった。
一息入れたあと、幸村くんはテニスラケットを手にして立ち上がった。


「軽く打たないか、丸井」

「おう。…イップスは無しだかんな」

「丸井が妙技を出さなければね」


そんなやり取りをしながらコートへ向かう。
ラリーをしながら思った。


幸村くんのことがもっと知りたい、と。


部長としての幸村くんすら、俺は上っ面しか知らなかった。
他にもどんなことを考えているのか知りたくなった。
テニスのこともそうだし、テニス以外のことも。
ダリア以外にどんな花が好きなのかとか。
些細なことでもかまわない。
ただ、もっともっと幸村くんを知りたかった。


それは、否定し続けていた例の疑問の答が確信変わっていくのを感じさせた。
だけど俺はそれを素直に肯定できなくて。
俺は小さな抵抗をし続けることにした。
本当にささやかすぎる抵抗を。


◆◆◆◆


「あれ、丸井?」


誰もいなくなった部室のドアが開いた音が聞こえてすぐ、幸村くんの声が聞こえた。


「こんな時間にどうしたんだい?」

「んー…ちょっとな」

「感傷にでも浸ってた?」

「まぁ、そんなもんかな」

「フフ、丸井は何気にロマンチストだからね」

「幸村くんは?」

「丸井と似たようなものかな。卒業前に片付けとかしておこうと思って」

「ふーん…手伝おうか?」

「感傷に浸るのはいいのかい?」

「先に済ませたからな。一人のほうがいいなら先帰るけど」

「そんなことないよ。じゃあ、手伝ってもらおうかな」


それからしばらく、幸村くんと他愛もない話をしながら部室の片付けをした。


「そういえばさ」

「ん?」

「丸井って、何で俺だけ君付けなの?」


ドクン、と心臓が跳ねたような気がした。


「柳生も俺を君付けで呼ぶけど、他のみんなに対してもそうだし。
でも、丸井は真田とか蓮二だって呼び捨てだろ?
なんで俺だけ君付けなんだろうって思ってたんだ」


それは、俺のささやかな抵抗。
限りなく確信に近いこの感情が、より親しく名前を呼ぶことで溢れてしまわないように。

俺がずっと幸村くんを呼び捨てしなかった理由。
それは…


「好き、なんだと思う。…よくわかんねぇけど」

「誰が、誰を?」

「…俺が、幸村くんを」


小さく「ふぅん」と言った幸村くんの次の表情と言葉が怖くて背を向けた。

あぁもう、なんでこんなことになっちまったんだ。

でもきっとこれが答なんだと思う。
幸村くんの強さへの強い憧れも。
幸村くんの信頼を得ている真田へのひどい嫉妬も。
幸村くんのことをもっと知りたいという欲求も。

好き。

たった2文字で要約できる感情だった。

でも、俺も幸村くんも男だし。
黙っていようと思った。
伝えるつもりはなかった。

…はずなのに、驚くほどぽろっと言ってしまった。
あぁもう何でこんなことになっちまったんだ。
卒業とはいえ、お互い附属の高校に進むからまた3年間一緒なのに。
気まず過ぎるだろ、マジで。


「…わりぃ、今の忘れてく…」

「知ってたよ、結構前から」

「…は?」

「丸井が俺を好きなこと。知ってたよ」

「…マジかよ」


どういうことだよ。
幸村くんが知ってた?俺の気持ちを?
なんで?いつから?どうやって?
背を向けたまま固まる俺を幸村くんは笑う。


「フフ、その様子だと丸井は気づいてなかったみたいだて」

「…当たり前だろぃ。気づいてたら…」

「俺はもっと丸井を避けてたはず?」

「…おぅ」

「そんなことしないよ」


恐る恐る振り返った。
幸村くんはいつものように穏やかに笑っていた。


「…何とも思わなかったのか?気持ち悪いとか」

「何とも思わないわけないだろ。そうだな…」


うーん、と考える素振り。


「嬉しかった、かな」

「…え?」

「丸井が俺のこと特別視してるのは前から知ってたんだ。それこそ、テニス部に入部したての頃から。
ただ、テニスでそういう目で見られることは多かったから同じようなものだと思ってた。
でも、俺が部長になった頃からかな、そういうのとはちょっと違うような気がした。
それからしばらくして、何となく『あぁ丸井は俺のこと好きなのかもしれない』って思った。
そのとき、素直に嬉しいって思ったんだ」


驚きで何も言えなかった。
そんなに前から気づかれていたこともそうだし、嬉しいと思っていることにも。


「嬉しいって思えたのは、多分、俺も丸井のこと特別視してたからじゃないかな」

「幸村くんが、俺を?」

「俺が入院していたとき、みんなでお見舞いに来てくれただろ?
あのとき、丸井は『ケーキ食っていい?』って言ったの覚えてる?」


こくん、と頷いた。
幸村くんに持っていったケーキなのに食い意地はってる自分が今更ながら恥ずかしい。


「あれ、結構嬉しかったんだ、実は」

「…あれが?」

「当たり前だけど、見舞いに来る人はみんなテニスの話をしていくんだ。
『早く治ってテニスできるようになるといいね』とか。
『全国大会までには元気になるといいね』とか。
それはそれで構わなかったんだ、別に。
でも、あるときからそう思えなくなった」


そのときのことを思い出しているのか、表情が少し暗くなる。


「みんなが来たすぐ後なんだ。もうテニスができないかもしれないって知ったのが。
入院って何もすることがなくてすごく退屈でさ、見舞いに来てくれた人との会話ばかり頭に浮かぶんだ。
…残酷なくらいテニスのことばかりだった。
もうテニスができるかどうかもわからない中、テニスの話なんて聞きたくなかった。
それなのに俺にはテニスしかなくて。
それがなくなったら俺はどうなるんだろうって思ったら、堪らなくなって…テニスの話はするなって真田に怒鳴り付けた」


あのときのことは俺もよく覚えている。
病室から聞こえた、幸村くんの慟哭。
何もできない自分がもどかしかった。
倒れやすいダリアを支えるように、テニス部を支えたいと言っていた部長を支えることができない自分が。


「そんなときだよ、丸井のことが思い浮かんだのは。
丸井くらいだったんだ。
テニス以外のことを言ってくれたのが。
しかもその内容が『ケーキ食っていい?』だなんて…俺に持ってきたケーキなのにね、フフ」


思い出して笑う。


「でも…嬉しかった。
それでも俺にはテニスしかないことには変わりないんだけど、丸井だけが『テニス部部長の幸村』じゃなくて、『幸村精市』に会いに来てくれたような気がして。
丸井は、俺がテニスできなくなってもこうしてそばにいてくれるかもしれないって…そう思った。
でも、そんな丸井とまたテニスがしたいとも思った。
そんな丸井と一緒に植えたダリアの下で全国大会3連覇のお祝いをしたいって。
そう思ったとき、もう迷いはなかった」


今度は俺の目を見て微笑んだ。


「多分、そのときから俺の中で丸井は特別な存在になったんだと思う。
それから丸井のこと見ていたら、何となく俺のことが好きなのかもって気づいて…嬉しくなった。
だから…好きなんだと思う」


真っ直ぐに俺を見つめる。
そこに冗談とか嘘とかは感じなくて。
まさか仁王のペテンじゃないよな?なんて疑いながらも俺はゆっくり口を開いた。


「…誰が、誰を?」


さっき幸村くんが俺に言った言葉を繰り返した。
それに気づいた幸村くんは、


「俺が、丸井を、だよ」


と言って笑った。
その笑顔を見て、ペテンだとしてもいいか、なんて思った。
そう思った時点でもう否定なんてできないな。
俺が幸村くんのことを好きだって気持ちを。


「ねぇ、丸井は俺に何を望む?」

「え?」

「好きって言っても、俺は別に具体的に付き合いたいとかそういうわけじゃないんだ。
丸井が俺のこと好きなことに気づいてたけど、それを丸井自身が否定してることも気づいてたから。
だから俺から言うつもりはなかった。
丸井が言ってくれたら、それを嬉しいと思ったこと、俺も好きだってことは伝えるつもりでいたけど…別にそれだけでかまわないんだ、俺は」


それは俺も同じ
別に幸村くんと恋人になりたいってわけではない。
言うつもりもなかったし。
ただ、テニスしたり、遊んだり…一緒にいられればいいと思ってた。
この気持ちを伝えられなくてもそれでいいと思っていたから、現状で充分といえばそうだ。

でも…強いて言うなら、1個だけある


「その様子だと何かあるみたいだね。聞かせてよ」

「あのさ…ダリア植えたとき、幸村くん、言ってただろ?
ダリアを支える支柱のように自分もテニス部を支えたいって。
あのときから思ってた。
『じゃあ幸村くんが倒れそうなときは誰が支えるんだ?』って。
…まぁ、真田が柳だろうなって思ってた。
だから俺、幸村くんが入院してたあのとき、何もできない自分がすっげぇ悔しかった。
だから…」


そんな俺が幸村くんに望むもの。


「今度は俺が幸村くんの支えになりたい」


俺の言葉に幸村くんは一瞬驚いた顔をした。
けれど、それはすぐに笑顔へと変わる。


「フフ、そんなのとっくになってるよ」


笑いながら『支えかぁ…』と噛み締めるように反復する。


「…じゃあ、俺も同じかな。
何も望まないと思っていたけど、それを聞いたら俺も丸井の支えになりたいって思うよ。
テニス部部長としてじゃなくて『俺』として。
だから…これからもよろしく、『ブン太』」


そう言って幸村くんは一歩踏み出し、俺に手を差し出した。


お互いに支え合うのは、友達としてでもできる。
だから、俺たちは『付き合う』とか『恋人』とかそういう形にはしない。
どっちだっていいんだ。
恋でも友情でも。
ただ、他の人よりも俺は幸村くんが、幸村くんは俺が特別なだけ。
それがお互い男だっただけの話だ。

ここから先、俺らの関係がどうなるかなんてわからない。
どちらかが、もしくは両方が、女の子に恋をするかもしれない。
相手が女とは限らなくて、その相手は男かもしれない。
お互いの想いが、男同士の恋愛の仕方に変わる可能性だってある。
それが片方だけの可能性も。
でもどうなるかなんて、俺にも幸村くんにもわからない。
だから、今は考えないことにした。
今、俺たちはお互いを支えたいと思っている。
そのために一緒にいたい。
それでいいんだ。


「こっちこそ、シクヨロ。『幸村』」


俺もまた一歩踏み出して、差し出されたその手を取った。


〈End〉