夏目漱石が、【I love you】を『月がきれいですね。』とでも
訳しておけ、と言ったとかいうお話がありますが…。
まあ、その真偽は定かではないんですが、有名な話ですよね。
しかし1994年当時、私はそのエピソードは知らなかったし、
奴はどうだったんだろう?
…という事をふまえて、本日の【奴との思い出】をどうぞ。
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ある日のアフター5。
私は、いつものように非常階段の踊り場に居た。
このところあまりタバコを吸う事も無くなっているのだけれど、
今日は久しぶりに吸おうかどうしようか…。
…などと考えていると、非常ドアが開いて、奴がやってきた。
「…よぉ。」
「あ~ら山ちゃん。タバコタイム?」
「んー。」
奴がタバコを取り出した。本日の銘柄はCABINである。
私は持っていたライターに火をつけて奴に差し出した。
ちょうど今は日の入りの時刻で、【月は東に日は西に】状態である。
この状態の時、月は満月かそれに近い形をしている。
「春の月ってさぁ。」
「んー?」
「何か、銅メダルみたいじゃない?」
東の空には満月に近い形の月が、ぽっかりと浮かんでいた。
「…きれいやな。」
「うん。この時期の満月って、好きなのよね。」
「……。」
奴は黙って煙草をふかしている。視線の先には赤銅色の月。
何だかこの沈黙が居心地悪くて、私はどうでもいいような事を話し出す。
「そ~いやさー。満月の頃って、出産が多いみたいよ?」
「何だそりゃ?」
「さぁ~?潮の満ち引きとの関連じゃないかな~?カニなんかも満月の時産卵するし。」
「そ~なん?」
「…そうらしいよ?」
ちょっとだけ、居心地の悪さが無くなった。
それから奴の煙草が短くなるまでの間、二人は黙って月を眺めていた。
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ただ、それだけの話なんですが…。
奴は、夏目漱石のエピソードを知っていたのかどうなのか?
これも、あの世で奴に会ったら聞いてみたい。
余談ながら、この出来事の約3年後、私は息子を出産しました。