そういえば、僕とヒトシを連れて、リョウゾウが釣堀に連れて行ってくれたことがあった。

 リョウゾウの趣味は、盆栽(この頃から少しずつだが、松や菊を集め始めていたのだ)のほかに、川釣りが好きだった。暇になると、僕らがまだ寝ている朝早く、一人車で釣りに出かけていたようだ。

 

 幼い頃は、父親が何をやっているのかがひどく気になるものだ。

 「ねえ、お父さんはどこに行っているの?」

 フミコに聞くと、たいていは、

 「お父さんは釣りに行っているの。お魚を釣ってくるの」

 内職の花を作りながら、フミコはそう言った。

 この当時、我が家はリョウゾウの大工の稼ぎだけでは生活できなかったため、フミコは1本何銭かの花を作る内職をしていたものだ。僕らはそれを手伝えもできず、ただ黙って見ていただけだった。

 

 そんなある日、リョウゾウが珍しく、

 「一緒に釣りに行くか?」

 と、釣り竿を用意しながら、僕らに声をかけた。

 「いっておいで」

 フミコが家事をしながら、僕らに笑いかけてそう言った。

 「いくか?」

 ヒトシに僕が聞くと、

 「うん! 行く!」

 たぶん釣り、って何のことかよくわかっていないのだろうが、フミコや、いつもは怖いリョウゾウが楽しげにいることで、ヒトシも幾分高揚して、はしゃぎ気味に答えた。

 「よし、おまえたち、したくしろ」

 リョウゾウは釣竿を、最近買ったばかりの小さなスバルに積み込みながら、

 「おおい、用意してやってくれ」

 と、フミコに声をかけた。

 「はい、はい」

 フミコも楽しげだ。僕もこのときはわくわくしていた。

 釣りってなんだろう?

 それだけだったからだ。そして、リョウゾウに付いていけることが、なんか大人になった気分だった。


 慌てて僕らの分のおにぎりを作って、

 「気をつけていってらっしゃい」

 と、フミコが見送ってくれた。

 「よし、いくぞ!」

 リョウゾウがそういうと、

 「おお!」

 僕らは後部シートから大声を上げて、意気揚々と発進する車のゆれを感じながら、見送るフミコを振り返って見た。

 「ばいば~い! いってきま~す」

 さあ、よくわからないけど、「釣り」だ!