小学校2年生になった頃、僕の行動範囲の境界線の向こう側にいた「うさぎ」と呼んでいた、すし屋の息子の宇佐美君と映画を見に行くことにした。
普段の生活のなかで、僕の家では、子供にチャンネル権は一切なかった。見る番組を決めるのは父親の良三だけだ。
月曜日は7時からNHKのニュースを見て、8時からは「水戸黄門」、9時には良三は寝てしまうが、その後テレビをつけるのは禁止。水曜日は同じように、8時からは「銭形平次」、金曜日はプロレス、日曜日はNHKの「減点パパ」だ。
これは番組編成を経ながら、その後10年以上も変わることのない日課だった。
そんな父親だったが、唯一、映画が好きだった。
映画を見るときだけは、9時過ぎからの何とかロードショーとかを一緒に見ることがたまにあったものだ。
僕はそんな父親の影響を受けてか、映画を見ることが大好きだった。
親に連れて行ってもらった映画では、東映マンガまつり、とか東宝マンガまつりとかいったもので、思い出のものは「海底2万マイル」というジュール・ヴェルヌ が1870年に書いた小説を基にしたアニメーションだった。これはウィキペディアにも載っていないので、もしかしたら記憶違いかもしれないが、巻貝の潜水艦に乗って海底で父親を探す冒険マンガだった。
僕はこうした思いをもって、うさぎが僕を迎えに来てくれて、おやつを母文子にバスケットにつめてもらい、それを持って二人で板橋本町近くにあった、小さな映画館を目指して歩きだした。そこは、僕の行動範囲外の、未知の場所だった。(つづく)