こんな言葉に出会いました。

 

 

 

咲いた花見て

  喜ぶならば、

 

   咲かせた根元の 

       恩を知れ

 

 

 

僕たちは花を見て

その美しさに魅せられてしまうものですが、

 

 

その根元にまで

意識を向けることなんてほとんどありません。

 

 

根は土の中に埋もれ、

美しくもありません。

 

 

でも、そんなところにこそ

本当の価値があるのだと

自然は教えてくれます。

 

 

 

 

根が腐っていては、美しい花は

決して咲くことがないように

 

 

花のように着飾った装いや

ブランドで固めた見た目も

心根が貧しければ、本当の美しさ

は表現されないように思います。

 

 

 

本当に価値のあるものは、

その姿は一見、貧相に

見えるものなのかもしれません。

 

 

本当の億万長者と言われる人たちが

全くキラキラしていないのは

人生の「本当の価値」を知っている

からなのだと思います。

 

 

 

自分の「眼」を自分で見ることはできません。

自分の「背中」を自分で見ることはできません。

見えないものの中にこそ、本質が映し出されます。

 

 

 

 

僕たちの本質は、心根に宿る「真・善・美」

というもので、それを「教養」という道具で

磨いていくことで、人生の意義や志が

心に根付いていき「迷い」の霧が晴れていくのです。

 

 

 

 

花の一瞬の煌びやかさをずっと

保ち続けようと努力するのは

人からよく見られたいという

承認欲求に過ぎず、必要以上に疲れます。

そして、どんどん根が腐っていきます。

 

 

 

 

そんな見た目に意識を向けるのではなく、

「根」を大事にすることで、

毎年、自然と美しい花を咲かすことができるのです。

花を咲かせようとする努力は無意味です。

 

 

 

どちらが本当に豊かなのか

自然はいつも僕たちに教えてくれるのです。

 

 

 

 

もう近くの公園では春の花が咲き始めました。

冬が明けて新しいことが始まる時期です。

 

 

 

あなたの新しいチャレンジを応援しています。

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

先日「ビジネス勉強会」と称して

およそ100名ほどの方々の前で

講演をさせていただきました。

 

 

 

普通なら入念な準備をするものですが、

今回は準備もしないでノープラン。

事前の打ち合わせも直前に数分しただけ

 

 

 

 

僕  :「どんなことを話せばいいですか?」

 

依頼者:「好きなようにしゃべってください!」

 

 

 

すごく抽象的です。笑

 

 

 

 

 

直前まで何を話すのか決まっていません。

決まったシナリオもなく

もちろんカンペなどもありません。

 

 

 

「これでどうしろってんだ!!!?」

「そんなのできるはずもない!」

「原稿ないんですか?」

 

ってのが普通の反応でしょう。

 

 

 

 

商品知識とかマーケティングなど

具体が決まっていれば、さほど難しくはありません。

でもこの内容だと面白くもなんともないわけです。

 

 

 

そこで、ビジネスをする上での心構えとか

モチベーションを上げるなど気づきを促すような

メンタルアップについてでいいですか?と聞くと

OKをいただき、その場で決定した次第。

 

 

 

しかし、なんと言っても

シナリオがないので

開始1時間前になって

「あれも言おう」

「これも言おう」

といろいろなトピックが頭に浮かんでくるわけです。

 

 

 

これまでの経験や学びの中で培ったものを

自分の言葉で伝えるだけなので、

その頭に浮かんでくるものもメモしたりしません。

 

 

13:30。司会に紹介され、登壇。

ほとんど緊張することもなく

落ち着いています。

 

 

 

これで、前に立った時に自然と

その場に必要な言葉がツラツラと

出てくるものです。

 

 

振り返ると、事前に思いついていたはずの

「あれも言おう」「これも言おう」

という内容は、一つも話さずに終わりました。

そして、何を話したかもあまり覚えていません。(笑)

 まあ、そんなものです。

 

 

 

ですが、参加した皆さんに大喜びして

いただいたようでホッとしました。

 

 

 

このような芸当ができるのは2つ理由があります。

 

一つは、今まで培った経験や学びのストックがあり、

その場にいる聴衆に寄り添うことで

ストックされている引き出しを

いつでも自在に開けられるという

自信があるからです。

 

 

 

もう一つは、聞いてくださっている人に

「何か一つでもお役に立てればありがたい」

という思いを持っているからです。

これが心構えといえば、心構えです。

 

 

 

自分がよく見られたいとか…

面白がってもらいたいとか…

感動させようとか…

 

 

聴衆の反応を期待して

「自分の評価」を求めると

胸を打つ言葉は出てきません。

 

 

 

結局、これは対個人に対しても

同じなのではないかと思います。

 

 

 

相手の反応を期待して

「自分の評価」を求めれば求めるほど

「うざい奴」という印象しか得られない

ものだと思います。

 

 

 

対個人で人に会う時は

「何かお役に立てることはありますか?」

と伺うようにしています。

 

 

 

そして、「できることはできる。」

「できないことはできない」と

はっきり線引きしておいて

それを伝えるようにしておけば

堂々としていられます。

 

 

 

人の助けになることを軸に考えていれば

アイディアも出やすいですし、

変な背伸びをすることもないので緊張もしません。

これは、人前で話す時の心構えにも通じます。

 

 

 

 

「何かお役に立てることはありますか?」

 

 

 

は自分にも魔法をかける言葉なのだと思います。

 

 

 

お読みいただきありがとうございました。

体を壊すと「健康」

のありがたさを実感します。

 

 

 

経済的に困窮してくると

「お金」が何よりも大切だと感じます。

 

 

 

心の拠り所がないと感じると

「人の温かさ」に感謝が込み上げます。

 

 

 

人生にはさまざまな課題があり

それを少しづつクリアしていきながら

「幸せ」を手に入れるために僕たちは、

懸命に生きているのです。

 

 

 

上に挙げたのは一例ですが

この3つのどれが欠けても

「幸せ」にはなれそうもありません。

 

 

 

つまり、この3つだけを挙げても

全てでバランスが取れていることが

幸福度を上げることにつながるようです。

 

 

 

 

ここで注意しなければならないのは

これらのバランスを考慮しないで

一方だけに偏ることです。

 

 

 

健康のありがたさを実感したはいいけど

過度に健康を気にしすぎて、

健康グッズ・食品などを買い漁ったり…

不健康な行為をする人にイラついたり…

 

 

 

「健康」に留意しすぎる人が陥る罠は

心を狭くして、無駄な散財することで

これが、逆に病気になってしまう

大きな理由の一つなのではないかと思います。

 

 

 

 

健康に不調が出てくると

仕事するにも無理が出てきます。

 

 

 

すると、経済的にも困窮しだすので

とりあえず食いつなぐためにもらえる

仕事で体に鞭を打つしかなくなります。

 

 

 

こうなると逃げ込むのは

「貧しくても幸せだ」という精神論です。

これは決して間違った考えではありません。

 

 

 

しかし、体を壊して経済的に困窮していて

心から「幸せ」だと言うのは本当でしょうか?

 

 

 

もし、見せかけの「幸せ」を

演じているだけだとしたら

こんなに苦しいことはないでしょう。

 

 

 

この見せかけの幸せを演じ続けると

心底にある「苦しさ」を正当化するために

「不健康と困窮」の状態を「快適ゾーン」

にしてしまう可能性があります。

 

 

 

こうなると「不健康と困窮」が「=幸せ」という

思い込みから脱出するのは難しくなってしまいます。

 

 

 

これはまさに「プラス思考」の

落とし穴と言うべきことで、

思考の反対側で「無意識」が

反作用を起こしているのです。

 

 

 

人生を「あきらめる」という

選択をするならそれでもいいのかもしれません。

 

 

 

そうではなくて、理想未来を描いてみて、

「今」の延長にそれが実現できる

イメージが持てないようであれば

今の状態から脱出しなければなりません。

 

 

 

現状が「まずい」状態なら素直に

それを認めて軌道修正をすべきです。

 

 

 

「まずい状態」を「幸せだ」と

自分に言い聞かせる努力は

「まずい状態」を持続させてしまいます。

 

 

 

今ある快適ゾーンをぶち破るために

理想の未来、あなたの本当に叶えたい

「夢」を書き出してみましょう。

 

 

 

 

夢を叶える自分を表現することで

理想の未来は向こうからやってきます!

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

「仕事」と「遊び」の境界線は

どこにあるのでしょうか?

 

 

 

嫌々、仕事をしても新しいアイディアや

素晴らしい発想は浮かんできません。

仕事にも遊び心やゲームの要素を

取り入れると楽しい時間になります。

 

 

 

遊びも単なる息抜きやストレス解消よりも

リラックスしたクリエイティブな活動にすると

遊びの中にも仕事に活かせるヒントが満載です。

それが見つかった時ほどエキサイトな時はありません。

 

 

 

仕事の時間も遊びの時間も、

同じ「貴重な時間」

であることに代わりはありません。

 

 

 

それが苦痛でしかない時間だったり

ストレスを解消するだけの時間だったりするのは

限りある人生の時間の無駄使いでしかありません。

 

 

 

新しいアイディアや斬新な発想は

遊びやリラックスした時間に生まれると言います。

 

 

 

仕事の延長に遊びがあり、

遊びの延長に仕事がある

というスタイルであれば

 

 

 

「ワーク」と「ライフ」の境界線は

グラデーションしていてはっきりしません。

 

 

 

そうすると「ワーク」と「ライフ」を

切り離して、全く別のものとして扱い

それぞれをバランスを取ろうとする

ところに無理が生じてしまうことになります。

 

 

 

「ライフ」の中に「ワーク」があるので

「ワーク・イン・ライフ」としたほうが

良さそうですね。

 

 

 

「仕事」に苦痛しか伴わないのは

 仕事に遊び心がないからです。

「遊び」が空虚なストレス解消でしかないのは

仕事の時間に真剣さや情熱がないからです。

 

 

 

仕事も遊びも思い切り楽しみましょう♪

 

 

人生は胸おどるものです。

そしてもっともワクワクするのは、

人のために生きるときです。

 

byヘレン・ケラー / 教育家・著書者

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。おねがい

コロナ・戦争・環境破壊…など。

世界の絶え間ないネガティブな

ニュースが流れ、

身近なところでも事件や事故。

 

 

 

こんなのばかり聞いていると

平穏無事に過ごすことが

難しいようにも思えてきます。

 

 

 

一人一人の人生も十人十色ですが、

僕もまさに波乱万丈な人生を送る

うちの一人だという自覚があり、

困ったことが起きることは度々でした。

そんな時に口から出る言葉は

 

 

 

「困った…。」

「苦しい…。」

「どうしよう…。」

 

 

です。

 

 

いえ、実際には口には出したりは

しませんが心がそう叫んでしまうわけです。

 

 

 

40代までは僕もそんな思い込みに

囚われて「苦しさ」で”今”の時間を

無駄にしてきたことが多々あります。

 

 

 

ところが僕の奥さんはよくできた人で

一度も困ったことがないと言います。

 

 

僕が困らせても「困った」

とか「苦しい」とか「どうしよう」

とか言うのを聞いたことがありません。

 

「全て通る道だ」と言って一切の弱音を吐きません。

50歳になってようやく

そのことを真の意味を理解したのです。

 

 

 

 

苦しい時も

「苦しい」とは言わないようにしよう!

 

 

 

という心構えは誰でもわかりますし、

そのように努めるとは思います。

言葉だけの解釈であれば誰もが

「そうそう」と頷くでしょうが、

それは真の理解とは程遠いものです。

 

 

 

なぜならば、体験を通して実感したものでないと

その言葉は自分の血肉にはなり得ないからです。

 

 

 

苦しいことは「学び」の機会だと

思えれば、こんなチャンスはないわけです。

 

 

 

苦しいときは、みんな苦しいものです。

しかし、どんなことが起こっても

自分がその事実をどう受け止めるのかで

その事実の意味が変わってきます。

 

 

 

苦しいことの中に「学び」や「気づき」

の種を見つけると、それもまた人生として

楽しめるようになるのだと思います。

 

 

 

筋肉はある程度の負荷がないと強くならないように

心も「苦しみ」という負荷によって強くなるのです。

 

 

 

「おもしろき こともなき世を おもしろく」

  ※おもしろくもなんともないこの世の中を、

   俺はおもしろく生きてみたぜ。

 

by 高杉晋作:辞世の句

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

成功するとか

 

 

 

 

失敗するとか

 

 

 

 

いずれにしても

行動しなければ何も起こりません。

 

 

 

 

どっちの結果も行動した結果です。

 

 

 

 

しかもこれは表裏一体

 

 

 

 

「失敗しないように工夫する」

 

 

とか

 

 

「成功するために最善を尽くす」

 

 

 

というようにそのプロセスや

方法は選択できますが、

「結果」どうなるかは選択できません。

 

 

 

そんな不確かな未来に自分の時間

やお金を投資するのを多くの人が

躊躇う(ためらう)のは、

 

 

 

 

「損をするかもしれない」という

気持ちが前のめりすぎて、本当に

損をしたことがあるからかもしれません。

 

 

 

 

そんな負け癖メンタリティを持ったまま

無理やり自分を動かそうとしても

うまくいきません。

 

 

 

 

例えば、

「明日からダイエット!」

「明日から英語の勉強!」

と意気込んでも、

結局、先延ばしの毎日。

 

 

 

 

すると

「なんてダメなやつなんだ…」

 

 

 

と自分自身にレッテルを

貼ってしまいます。

 

 

 

 

こうなると、もうしんどいです。

次の行動ができなくなります。

 

 

 

 

これを克服するのは

気合や根性ではありません。

 

 

 

 

 

自分で自分をラクに動かせるような

「仕組み」を考えるべきです。

 

 

 

 

 

他の誰かがうまくいった方法が

あなたに当てはまるかどうかは

わかりません。

 

 

 

 

ここは、どの道がラクに

動かせるかどうかを自分で

試行錯誤して、ラクに進める

道が見つかると「行動」が

習慣化されていきます。

 

 

 

 

例えば、英語の勉強で

「単語を1日10個覚える」

というだけの課題を与えても

しんどくて大抵続きません。

 

 

 

それよりもアメリカ人の友達を

作って、彼らと定期的に遊びに行く!

となどという目標を立てて、

そんな交流ができる場所に行き、

本当に友達ができてしまうと

 

 

 

英語を勉強する

モチベーションが一気に高まって

「まず何をすべきか」を自分で

発見できるようになります。

 

 

 

 

仕事でもこのような工夫をして

自分をラクに動かせる仕組み化

をしてみるとうまくいくはずですよ。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

 

 

新年明けましておめでとうございますうさぎ

 今年もよろしくお願い申し上げますウインク

 

 

 

今年は久しぶりに年末年始を家で過ごし、

元旦の初詣には家から程近い「冨岡八幡宮」

に行ってきました。

 

 

 

ここは数年前に、痛ましい事件を起き

しばらくの間、敬遠されており、

正月でも人気のない寂しい佇まい。

 

 

 

ここにコロナが重なり、余計に

人がいなくなる場面を見るにつけ

いたたまれない気持ちにもなったものです。

 

 

 

それから数年経ち、

このことが人々の記憶

からも風化してきたことと、

 

 

 

皆が”withコロナ”を受け入れ、

「今年は行くぞ!」

みたいな雰囲気の中で

 

 

 

今年のお正月には

道路の際までの行列ができていました。

 

 

 

以前は当たり前だったこの光景が

何だか「未来」に明るさを感じる

光景になり、寒空の行列に並びながら

「ワクワク」した気持ちになりました。

 

 

 

元旦から

ワクワクできるなんて幸せなことです♪

 

 

 

2023年はこのワクワクする気持ちを

誰かと共有し、ワクワクする未来を

創ることに全力投球しようと思います。

 

 

 

どんな大きな夢や目標であっても

「今」小さなことをやる積み重ね

でしかありません。

 

 

 

 

「小さなこと」

って誰にでもできることです。

 

 

 

 

違いはその繰り返しが

できるかどうかだけなのだと思います。

 

 

 

うかうかしてると

すぐに2024年がやってきます。笑

 

 

 

 

「今」を大切に

「小さなこと」を大切に

「周りのひと」を大切に

 

 

 

 

「千里の道も一歩から」

 

 

 

 

あなたの今年の大願成就をお祈りします。

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

 

ハリウッドの好きな

俳優の一人のこの言葉。

 

 

 

チャンスと準備が交差したとき、

幸運は訪れる。

 

by デンゼル・ワシントン(俳優)

 

 

 

ふと立ち止まって考えてみます。

 

 

 

 

2022年が2023年の

「準備」だったとしたなら、

それは十分なものであったのか?

 

 

 

と。

 

 

 

51歳になった今年2022年は

これまでの自分から脱皮して

グレートリセットしようと

決意した年でした。

 

 

 

・これまでの自分の感情の癖や

・経験によって作られた妙な思い込み

・頭の中で勝手に作り出される独り言

 

 

 

これらは「心がけ」では変わりません。

 

 

 

 

良かれと思ってやったことが

全てうまくいくことはないのは

感情や無意識の中に矛盾があるから

に他ならないのです。

 

 

 

理屈や計算で辻褄合わせをしても

それは、「臭い物に蓋をする」が如く

根本では全く辻褄があっていない

自分がいたりします。

 

 

 

これではうまくいくはずなんてありません。

 

 

 

 

ずっと迷子のままです。

 

 

 

 

いい意味で自分を疑ってみて

自分を俯瞰するようになると

 

 

 

 

一時的な感情や

自分にとって都合の良いだけの計算が

人生を遠回りさせていることに気が付きます。

 

 

 

 

そんな自分のとの戦いを繰り広げながら

新しい自分との出会いがあったのが

2022年の課題であり答えでした。

 

 

 

そういう意味でいうならば

2023年に向けての「準備」

は十二分に整いました。

 

 

 

そして、小さなことを

大切にしていくことで、

来るチャンスに備えます。

 

 

 

幸運はただ待っていて

やってくるものではありません。

 

 

 

次に向けての「準備」ができている

という実感が大きければ大きいほど

「幸運」に対してのリアリティーも

増していくものです。

 

 

 

そして、幸運が誰かが

運んでくれるものです。

その出会いに感謝して

今年最後の言葉としたいと思います。

 

 

 

あなたにも

幸運がくることを願っています。

 

 

 

 

今年一年間

ありがとうございましたおねがい

 

 

2022年も残すところ

48時間を切りました。

 

 

 

2022年の「今日」は

もう二度とないと思うと

今この瞬間がとても貴重な

ものに思えます。

 

 

 

 

年を重ねるごとに

時が過ぎる時間が早くなり

一瞬一瞬の貴重さにも

より実感が伴います。

 

 

 

「今を生きる」という座右の銘

を持って生きてきたつもりの人生

にも大きな反省と気づきがありました。

 

 

 

言葉だけでいうのは簡単です。

しかし、この言葉に魂を込めて

自分の血肉にするに至るのは

そう簡単ではありません。

 

 

 

40代

 

 

「今を生きる」に憧れていただけで

全く「今を生きていない」自分がいました。

 

 

 

「〜しておけばよかった」

 

 

「〜しなければよかった」

 

 

 

と、過去にしてしまったことへの

後悔やこだわっている時間に

「今」はありません。

 

 

 

「こうしておかないとまずい…」

 

 

「これはヤバいからやめておこう」

 

 

 

冷静な判断というよりも

未来への不安や憂いを

覆い隠しているだけだとしたら

その時間に「今」はありません。

 

 

 

「わかっちゃいるけどやめられない」

のは実は何もわかっちゃいないのです。

 

 

 

それを40代の自分に

向かって言いたいくらいです。

 

 

 

今でも、それが真に理解できているか

どうかなんてわかりません。

 

 

 

でも少なくとも、

わからない自分に気が付く

「無知の知」に至っただけでも

人生の歩みを進められた実感があります。

 

 

 

今年の年末はいつもより

この「今」が貴重に思えるのは

そんな自分自身の戒めから

きているのかもしれません。

 

 

 

今年もさまざまなことが

ありましたがその全てに感謝です。

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 

 

 

人生はあっという間。

落ち着いて楽しむの。

全部笑い話よ。

 

どうでもいいことに

カリカリしすぎ。

 

by ジョーン・リバース

 

 

お読みいただきありがとうございましたおねがい

良い年始をお過ごしくださいませ。

割と高額商品を販売する

セールスマンの話です。

 

 

最近のセールスは、商品スペックのトークをしても

即座にネットで同類のものと比較されてしまいます。

 

 

そこでは、スペックと価格だけと

レビューで比較されてしまい

セールスマンの存在感は薄くなり、

その場その時に売ることは

かなり難しくなります。

 

 

 

 

ある時、

 

 

 

「そんな高いもの、

   誰が買うんですか?」

 

 

 

と、言われたそうです。

 

 

 

暴利を貪るようなあり得ない価格ではなくて

まあ、適正の範囲内であるところの「高い」

であれば買う人はいるわけです。

 

 

 

実際、他のところでは

かなり売れているものだとしたら

「誰が買うんですか?」はその人の

思い込みに過ぎません。

 

 

 

セールスというフィールド

だけに関していうならば

スペックの比較ではなくて

 

 

 

「なぜ、それが必要なのか?」

 

「なぜ、あなたから買うのか?」

 

「なぜ、今買う必要があるのか?」

 

 

という問いに答えられるかが、

売れる決め手になるはずです。

 

 

 

 

これはスペックではなくて

あなたから買う「価値」です。

 

 

 

商品が高額であればあるほど

スペックや価格だけではなくて、

あなたの誠意や熱意、そして安心感などが

購入の決め手となるのは、いつの時代も

変わらないような気がします。

 

 

 

 

セールスする際は上記の3つの問い

に自分自身で答えを用意してから

臨むと結果に大きな違いが出ます。

 

 

 

 

「そんな高いもの、

   誰が買うんですか?」

 

 

 

これは日本が給与が30年も上がらず

終わらないデフレが今でも続いている

ということを裏付ける言葉な気がするのは

僕だけでしょうか?

 

 

 

一方で、銀座のブランドショップには

入店待ちの行列ができていたりします。

 

 

 

今は、

価値あるものを持つよりも

価値ある人になることの方が

大切だと思います。

 

 

 

同じ古いやり方で反応してしまう

誘惑に会ったときはいつも、

 

過去の囚人になりたいのか、

未来の開拓者になりたいのか

を問いなさい

 

by ディーパック・チョップラ(作家)

 

 

お読みいただきありがとうございます。