「大丈夫ですか?怪我はない?」
「はい…本当にありがとうございます」声にならない声で答えた。自分に降りかかったことが白昼夢のようだ。

「警察に連絡しますよ、車のナンバー覚えてるからすぐ見つかりますよ」

結以は混乱した。このことを誰にも知られたくない。取り調べであなたに隙があったんでしょ?と言われるのはつらい。

「いえ大丈夫です…警察には何も言わないでください…」
「本当に大丈夫ですか?病院も行かれたほうが…」
「ありがとうございます。転んだりしてないから、大丈夫だと思います…」

本当は足首を少し捻ってしまった。でも、早くこの場から消え去りたかった。
改めてお礼をしたいと名前と連絡先を聞いても固辞され、ひとりで人気のない道を歩いて帰った。ひとりになって初めて泣いた。堰を切ったように、溢れる涙は止まらない。
結以がアキラと距離を置き始めてから、ひと月が経った。当たり障りのないメールのやり取りだけで、会うことはやめていた。そのメールも来なくなって、筆まめなアキラにしては珍しいなとも思ったが、さほど気にも止めてなかった。



ひとりでウォーキングをしていた夜道で、結以は車の助手席の男性に呼び止められた。

「あのうすみません、○○駅まではどう行けばいいんですか?」

下ろしたパワーウィンドウ越しに答えていると、後部座席にいた男性が降りてきて腕を掴み車に押し込もうとした。

恐怖で声が出ない。必死に腕を振りほどこうとしても、男の力には敵わない。

「おい!何してるんだ!」

幸いにも、通りすがりの男性ふたりが間に入って助けてくれた。
しばらくアキラと距離を置いてみることにした。
本当にこのひとのことを好きなのか、本当に一緒になりたいと思うのか、自らを見つめ直したいと考えた。今度は自分だけでなく、子供たちも家族の一員となる。感情だけで推し進めていては失敗する。慎重にことを進めなくては。あのとき即答しなくてよかったかもしれないと思った。