安楽死について
野生復帰できないものは安楽死。アメリカだからこんな感じなのか。
実際は、そんな単純ではないと思う。何も考えず、感じず、機械的に処理されているわけではない。
安楽死にする時、それらに関わったスタッフはやっぱり悲しむ。だから、みんないろんな感情が入っているはず。
では、なぜ安楽死を早い時期に決断するのか?診察後すぐに安楽死となるのは、治療に耐えられないくらい状態が悪い鳥や明らかに治療により野生復帰ができない鳥。
当然スペースの問題や費用的な問題はゼロではないと思う。ただ、もっと重要なのは、蓄積したデータの裏づけがあり、さらにその個体の身体的・精神的苦しみが関わってくるから。
命は大事だから、数時間・数日以内に死亡する可能性が高い鳥を、やってみなければ分からないと、できるだけの治療をやってみるのが本当にいいのか。それは実験体?。その間苦しんでいるのは自分ではなく、鳥である。治療・世話している人々は一生懸命の自己満足に浸っているだけかもしれない。
外傷、中毒、飢餓が野鳥の3大死亡原因。
交通事故、衝突、鉛中毒、殺鼠剤中毒など多くの原因は、人間が作りだすものからきている。
野生復帰できない鳥はどうなるのか?
野生復帰できない鳥は、どこかで飼育されることになる。野鳥って、自由に大空を飛んで、採餌して、好きな相手を見つけて、本当に自由って感じがする。それを狭いところに閉じ込めることがいいのか。食べ物もらって、安全に暮らして、それで幸せだと感じることができるのかどうか。人に飼育された時点で野鳥ではないのだから、そんなこと考える必要もないのだろうか。
個人的には、野生でみるのと、飼育下でみるのとなんか違って見える。活力の違い?、色が違う?。それはただの自分の気持ちの問題なのかな。ただ、『生きている=幸せ』ではないと思う。それは、いろんな制約が一生つきまとうから。本当の『生きてる』って気持ちは、単に『命がある』ってこととは違う。
じゃあ、殺して(安楽死させて)いいのかと言われると、殺される側の気持ちを完全に理解できない限り、本当に正しい答えは出せないのかな。