新緑の候、諸氏いかがお過ごしであろうか、久しぶりに私の話にお付き合いくだされ。世間では連休である方も多く、羨ましくながらも今日の私は仕事である。夕刻、抱えていた仕事も難なく予定より早く終わり、先般より娘より部屋のテレビが不調であるとのことを思い出し、川崎の住宅街にある家電量販店へ立ち寄った。液晶テレビがところ狭しと並び、しばらくテレビなどを購入したことがなかったため、価格が一昔前に比べ、安くなっていることに驚愕していた。予算と画面の大きさ、メーカーなどを勘案しつつも、家内からは「安価なものならどれでも良い」という、非常に悩ましいディレクションを受けていた。まるで、今夜のオカズを聞いて、主人より「なんでも良い」と言われ、いざ夕食が出るとあれがよかった、これはいやだという事態に似たものが安易に予見される。とは言え、どれも似たり寄ったりにしか見えない。そうこうしているうちに「すみません」と不意に後ろから、声をかけらた。振り向くと、小さな男の子と女の子を連れた家族だった。話を聞いてみると、「このテレビはe2スカパーは映りますか?」と唐突に言ってきた。私は「店の者ではないのでわかりません」と微笑んで答えた。すると家族連れはバツが悪そうに微笑んでその場をさった。私は気を取り直し、パナソニックかソニーのどちらかに迷いながらも、画面を凝視していた。すると新婚かそれぐらいとおぼしきカップルが私に近づきこう言った。「24型ではこれがいちばん安くて省エネですか?」。私はすかさず「店の者ではないのでわかりません」と微笑んで答えた。それを受け、そのカップルは申し訳なさそうに会釈をして、その場を立ち去った。今日はよく話しかけられ、落ち着いて品定めができないなと思っていた矢先、「あ~らごめんなさい、このテレビはいくらまけてもらえます~」と右斜め後ろから、地元の貴婦人より話しかけられた。その貴婦人に私は自分を指差し、私に対しての問いかけかと確認したところ、「そうよ!あなたよ、いくらまでまかります~ぅ」とたたみかけるまでも、貴婦人の年齢からかけ離れた語尾で詰め寄って来た。私はなぜこの貴婦人のみならず、さまざまな人々に声をかけられるのか。まさか、背中にいたずらされて「ヤ○ダ電機」とでも貼られいるのか、いや、貼られているはずもない。それとも、この界隈では、ごく自然なことで私がただのストレンジャーなだけなのか。なぜだ...。よく考えたら、連休中にも関わらず、ネクタイでワイシャツ、脇にテレビのパンフレットを2種類を抱え、テレビのリモコンを手にしている。これはこれだけ混雑した店のなか、店員と間違える人が出てきても仕方がない。とりあえず、この貴婦人へも「私は店員でないので・・・」のくだりで謝るのも、もう嫌気が差してきたところであった。とっさに私は「これでしたら、3万7000円のところを、お客様が即決であれば3万でいいですよ」と言った。貴婦人は「そんなに引いてくれるなら、すぐ買うわ」と満面の笑みであった。私は「伝票をお持ちしますので、あちらへおかけになってお待ち下さい」と言い、貴婦人を近くのテーブルセットへ案内した。貴婦人が着座すると同時に、私は足早に駐車場へと脱出し、その店を後にした。今となっては、私がそんなことをなぜ言ったかは、自分自身説明がつかないが、その貴婦人には二度と会うことはないだろう。そう思いつつも、クルマは東名から首都高へと入った。家に帰ると妻と娘が娘の部屋のテレビが映らないと言っていた。見るとテレビが新しいものに入れ替わっていた。それは妻が買い求めてきたもの、私が行きずりの貴婦人に7000円引きした機種にそっくりであった。よく見るとチャンネル設定ができていないだけであったため、私の操作で正常化した。私が候補にしていたテレビであり、かの貴婦人が所望した逸品である。なにか運命的なことを感じ、私は思わずほくそえんだ。今日一日が素晴らしかったことに感謝しつつ、今日一日が終わった。
