☆ チュニジアで火を噴き,エジプトが延焼中である「大衆の反乱」は,間違いなく21世紀の「イスラム革命」であろう。欧米のマスコミはこれを「革命」と呼んでいるようだし,アルジャジーラはエジプト当局の制止もお構いなしに現場の模様を伝えているとか聞く。
☆ どんな「革命」でもそうだが,勢いがついた時には「行くところまで行く」ことになる。ムバラクがオバマに言いたかったことは多分そういう意味だ。命は惜しいだろうがそれ以上に権力者にとって「権力の空白」ほど恐ろしいものはない。近代国家が成立する際の革命(清教徒革命,フランス革命,米国独立戦争,その末尾に明治維新を加えても良い)は必ずこの「権力の空白」状態を招くことになる。ロシア革命が二度起こったのもそれだ。
☆ うまく行く革命は必ず「権力の受け皿」や「象徴」が存在する。「革命」の語源である中国では「易姓革命」つまり権力者(皇帝=王朝)の交代,言い換えると「名(統治者)を改める」ということを意味している。カストロやホメイニ師,アキノ大統領(先代),メガワティ,アウン・サン・スーチー(彼女だけが未だ成し得てないが)みなそうである。政治学的には「正統性」の問題ということになる。
☆ いかに偉大(アクバル)でも神様(アッラー)は支配者にはなれない。世俗の支配者は残念ながら「人間」をおいて他にいない。老ムバラクの懸念も分からないでもない。しかし「あなたではない」。もう既に「天の時は尽きた」。それはパーレビ=シャーが帰国したホメイニに倒されたように,誰だか分からない誰か(だからムバラクはその影におびえるのだ)が「あなたを倒しに来る」のである。
☆ しかし「神政復古」とでも言わんばかりのこの「革命」がITによって成し遂げられようとしている光景を見ると,ムスリムよりも早く「IT」こそが真の革命であったと思わずにはいられない。ネット株バブルは10年前に潰(つい)えたが,「革命」は残ったのである。
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