☆ パイオニアのことを書いている4月23日日本経済新聞「春秋」。ノスタルジイに浸るのはコラム屋さんの勝手だが,どこかズレている。
☆ 昭和の御世,最初に居間に鎮座していたのはモジュラー・ステレオだった。春秋子同様にクラシック音楽を好んだ筆者の親父もビクター製のモジュラーステレオで時々レコードをかけていた。そういえば昭和40年代前半のクラシックのレコード盤はやけに重く感じた(これに対して昭和50年代後半のポピュラー音楽の米国輸入盤レコードは重くもないが下手をするとよく反りを起こしたり,埃を拾ったりして厄介だった)ものだ。
☆ パイオニアがカメラ業界のキヤノン同様にその営業力で力を増していくのは,モジュラーステレオの時代より少し後のことだ。だから,春秋子の書き方には違和感がある。またその頃(昭和40年代後半~50年代)のオーディオといえば,トリオ・山水・赤井・ティアック(これはオープンリール)といったコンポーネンツ毎に得意とする製品を持つ専業会社が多くいた。三菱電機など総合電機会社も個別のブランドを持っていた。そこにパイオニアやヤマハが新興勢力として進出してきた。そんな構図ではなかったか?
☆ 春秋子のコラムに疑問があるのは,たまたま同じ日の日経一面にホンダが同社に出資するという話が書いてあるが,80年代以降のパイオニアという会社の進路を考えた時,システムコンポーネント・ステレオで築いた資産をカーオーディオとレーザーディスクにつぎ込み,それぞれがさらに大きな成功を収めたことや,前者がカーナビゲイション,後者がAV機器(最終的にはプラズマディスプレイテレビ)へと進化し,90年代の同社を支え,今回の危機を招いたことについての考察がどこにもないことである。
☆ アナログオーディオのディジタル化は技術力の差で付加価値をつけるという,80年代に完成した日本のオーディオ業界のビジネスモデルを最初緩やかに,そして決定的に崩壊させた。それが最初に訪れたのは,サンスイやアカイ,ティアックなどであり,続いてケンウッド(トリオ),そしてJVC,パイオニアがこれに続いていった。ある意味「会社の寿命○○年説」的な感じもするが,でもそれが事実である。
☆ 先人達の気概を云々する前に,こうした「変化」に対して生き延びることは必要なのか,あるいはどうやって生き延びていくのか,その程度の考察があって当然ではないだろうか。同じ問題(ビジネスモデルの変化に追いつけなかった企業の存続問題)が,海の向こうでは自動車業界の問題として衆目を浴びているのだから,せめて3Cからカーオーディオを経て自動車業界まで俯瞰する程度のコラムを書いて初めて「経済新聞のコラム」が書けたと言えるのではないか?
=30/100点 不可=