ポール懺悔する(笑) | Market Cafe Revival (Since 1998)

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四つの単語でできた言葉の中で、最も高くつくものは「今度ばかりは違う」である(This time is different.)。

> 「日本に謝罪」…かつて対日批判急先鋒の米ノーベル賞教授 4月14日11時55分配信 読売新聞


> 【ニューヨーク=山本正実】「私たちは、日本に謝らなければならない」--。


> 2008年のノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン米プリンストン大教授は13日、外国人記者団との質疑応答で、1990~2000年代のデフレ不況に対する日本政府や日本銀行の対応の遅さを批判したことを謝罪した。


> 教授は、「日本は対応が遅く、根本的な解決を避けていると、西欧の識者は批判してきたが、似たような境遇に直面すると、私たちも同じ政策をとっている」と指摘。「(3月で8.5%と)上昇する米失業率を見ると、失われた10年を経験した日本より悪化している」と述べ、経済危機を克服するのは予想以上に難しいとの見方を示した。


> クルーグマン教授は90年代後半、日銀にインフレ目標を設け、徹底的な金融緩和を促す論陣を張るなど、日本批判の急先鋒(せんぽう)だった。


> また、景気回復の見通しについては、「(景気判定では)今年9月に景気後退が終わっても不思議ではない。しかし、失業率は来年いっぱい上昇し続け、回復は実感されないだろう」とし、極めて緩やかな回復になるとの見方を示した。


> 「1930年代の大恐慌では、景気の落ち込みには、何度か休止期間があった」とも述べ、回復に向かったとしても、一時的なものにとどまる可能性を指摘した。




☆ 正直なところ,この記事を読んで,不思議に「ザマアミロ」という気が起きなかった。当時(97~9年頃)クルーグマンが叫んでいた(笑)ことは,筆者にとっては「危険な実験」以外の何者でもなかった。確かにクルーグマンが言うように日本の対応は遅かった(分かっていたのに蛮勇を奮えなかった宮沢喜一と足を引っ張って自らの「権力」を誇示するだけの愚かなマスメディアの責任は「万死に値する」)。しかし量的緩和によって財政規律が崩壊することは,あの時点ではハイパー・インフレと背中合わせであったことを思えば,どこぞの格好良い論者のように日銀をへたれ扱いすることは出来ない。


☆ それでも尻を叩かれた日銀がようやっと「量的緩和」政策を採った(その入口・出口を用意したのが現総裁の白川氏)結果についてはまだ評価が定まっているとは言えない(それは経済学者の仕事)。ひとつだけ言えることは「時間軸効果」というものは確かに(効果が)あったということだ。


☆ クルーグマンの苛立ち(ちなみに日本への「謝罪」は,彼一流の「皮肉」に過ぎず,額面通りに受け取ってはいけない=爆=)は,財政規律と流動性確保という二律背反の解決の難しさを感じさせる。大陸欧州が一方で需要刺激策(自動車販売が典型)を採りつつも,麻生太郎流の「連続バズーカ砲」を断固として避けるのは,デフレ政策の反動としてのハイパーインフレに対する伝統的拒否反応があるからだろう(とはいえ,いくら名指しで批判されたからといって,G20の間中麻生の方に顔を向けようともしなかったアンゲラ・メルケルも大人げないが=再爆=)。


☆ 結局「へたれ戦術」を採るしか方法がないという結論は,クルーグマンには承服しがたいだろうが,事柄の流れていく方向のようにも思える。