JPM日本株ストラテジー 北野 一(2008 年12 月19 日) | Market Cafe Revival (Since 1998)

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四つの単語でできた言葉の中で、最も高くつくものは「今度ばかりは違う」である(This time is different.)。

【1】 円のドル・ペッグは終焉したか
再生する為替の調整メカニズムと円高トレンド

• この10 年近く続いてきた事実上の円のドル・ペッグが崩れつつある。過去20 年間のドル円相場でドル円相場の5 年移動平均±10%をバンドの上限・下限という意味で使うと、1999 年1 月以降、今月までの120 ヶ月のうち、このバンド内に収まっていたのは106 ヶ月(88%)である。一方、1989 年から1998 年までの120 ヶ月では、バンド内に収まっていたのは52 ヶ月(43%)しかない。

• そもそも、なぜ、ドル円相場が10 年近くも5 年移動平均±10%という狭いバンドに収まっていたのか、これといった理由は思いつかない。少なくとも、当局がバンド内に押さえ込むように、為替介入をしていたわけではない。むろん、2003 年頃の大量円売り介入は、1 ドル=115 円をターゲットにしていたフシはある。しかし、結局、当時は115 円を死守することは出来なかったし、円売り介入も2004 年3 月を最後に行われていない。その後、ミセス・ワタナベが当局の代わりに円売りに勤しんでいたという面はあるが、だからといって5 年平均を10%も越えるような円安ドル高にもならなかった。

(著者ではなく筆者の注) ※ ミセス・ワタナベ=米欧外為市場で2007年ごろ言われ始めた「(主にスワップ・ポイント狙いで円売り・外貨買いを進めた)日本の個人投資家」を指す言葉。当時金融担当大臣だった渡辺喜美は「俺のカアちゃんはそんなことしてない」と記者会見でコメントしている(笑)。

• 一方、過去20 年間のユーロドル相場と、その5 年移動平均±10%を見ると、こちらは、ドル円とは異なり、過去120 ヶ月のうち、バンドに収まっていたのは19 ヶ月(16%)しかない。ドルは対ユーロでは激しく変動していたのである。円は、そのドルと運命をともにしていた。ドルは、この間下落した。値下がりする通貨にペッグすることにより、円の実効レートも下落した。また、過去10 年間の日米インフレ率較差の平均は2.6%だ。こうしたインフレ率較差にも拘わらず、ドル円相場が安定したわけであるから、実質円相場も下落した。かくして、実質実効円相場は変動相場制移行後の最安値圏まで下落した。

いま、起きていることは、10 年近く続いた歪みの巻き戻しなのであろう。歪みとは、インフレ率較差を調整するべく為替相場が変動しなかったということだ。10年前、1998 年12 月のドル円相場は113 円であった。その時の日本の10 年国債の利回りは2.1%、米国は4.7%であった。10 年前に円を売ってドルに投資する場合の損益分岐点為替レートは、87 円である。ドル円相場は、偶々この水準まで下落してきた。フリーランチはなかったということだろう。

問題は、この10 年間のような実質ドル・ペッグに戻るのかどうか。これといった理由がなく、慣性の法則のようなものが働き狭いバンドに収まっていたなら、今回のバンドからの下離れで実質ドル・ペッグは終わりである。そうなると、為替相場は本来の調整メカニズムを取り戻す格好で、インフレ率の低い円が買われるというトレンドに戻るように思われる。

【2】 円高で日本は滅びるのか
重要なのは外部環境への適応力、円高か円安かではない

• 「世界経済危機 日本の罪と罰」(野口悠紀雄、ダイヤモンド社)は、日本を未曾有の大不況が襲うという。日本の罪とは、低コストの資金を全世界にばら撒き、住宅バブル・金融バブルを増殖させたことであり、その罰とは円安政策によって延命した輸出立国モデルがいよいよ崩壊するということだ。

• だから、米国発の金融危機にも拘わらず、日本株が米国株以上に値下がりしているという。「世界の需要は、時間が経てば回復するだろう。しかし、為替レートが07 年夏以前のような円安に戻るとは考えにくい。そうだとすれば、日本の輸出産業の利益が、過去数年のような値を回復するとは考えにくい。日本の株価が下がるのはこのためだ」(P.30)。

• 「為替レートが07 年夏以前のような円安に戻らない」という意見には賛成である。実質実効円相場の推移を見ると、理論的にも経験的にも実質実効円相場にはトレンドというものがない。変動相場制移行後、平均±2σの範囲で変動してきた。昨年10 月の水準は、従来のレンジからすると極値である。この水準に実質実効円相場が戻るとは考えにくい。

• ただ、「世界の需要が回復する」のであれば、輸出産業の利益も回復するのではないか。製造業(法人企業統計、資本金10 億円以上)の営業利益(前年同期比)と、鉱工業生産(同)及び実質実効円相場(同)の相関を10年毎に計測し過去に遡ってみると営業利益と鉱工業生産には安定的に高い相関があるのに対し、実質実効円相場との相関は安定していない。1980年代こそ、実質実効円相場で利益の変動を説明できたが、2000 年代に入ってからはむしろ逆相関である。

むろん、円相場が企業収益に対して全く関係がないというつもりはない。製造業(加工業種)の営業利益の全産業(除く金融)の営業利益に対するシェアと、実質実効円相場の関係をみてみると、やはり円高になれば製造業のシェアは低下し、円安になれば上昇するという関係が見て取れる。ただ、足元をみると、円安バブルの割には、製造業のシェアは高まっていない。2007 年以降の米国の景気減速及び原材料価格の上昇といった悪材料が製造業により響いていたためである。いずれにせよ、製造業のシェアが直近で最も高かったのは、1997 年第3 四半期である。ゼロ金利政策導入以前であり大量の円売り介入も行われていない時である。

ところで、日本株が米国株以上に下落しているのは、輸出立国モデルの崩壊と関係があるのだろうか。TOPIX と韓国のKOSPI とウォン円レートの関係を見てみると2006 年の日韓の輸出依存度は、それぞれ14.9%と36.7%だ。2008 年の日韓の株式相場のパフォーマンスはほぼ同じと見て良かろう。ただし、ウォン円レートは、大幅なウォン安円高である。リーマン・ショック以降、日本株が米国以上に、あるいは韓国並みに売られている理由は、為替以外にもあると考えるべきではないだろうか。

なお、10 月31 日付けレポート「外需の時代から内需の時代」では、実質実効円相場の反転を背景に、今後は株式相場の主役も変わるであろうと書いた。そ
の考えに変わりはない。ただ、円が高くなるだけで日本が終わりとは思わない。拙著「なぜグローバリゼーションで豊かになれないのか」(ダイヤモンド社)でも指摘したように、やるべき事は残っていると考えている。

人間にも企業にも環境への適応力があると思われる。円が安い状況で、円安を最大限の利用しようとするのは当たり前で、円が高くなればなったで円高に対応するだろう。1990 年代半ば、製造業拠点をほぼ100%海外に移転、円高への抵抗力を高めた某電機メーカーがスター扱いされていた。しかし、円高に過剰適応したその企業は既にない。重要なのは、円安か円高かではなく、環境変化への適応力なのではないか。

(著者ではなく筆者の注) ※ 某電機メーカー=ソニーの完全子会社となったAIWAのこと。

以上の株式相場へのインプリケーションは、円高亡国論は、株式相場底入れの一つのエビデンスになるのではないかということだ。