四十八茶百鼠? | Def.ブログ

四十八茶百鼠?


文化は制限された中にこそ花開く。江戸時代には身分の差が見た目ですぐにわかるよう、服装から食事に至るまでさまざまな制約が課せられていました。そんな中で生まれた古き良き日本の色の伝統です。

四十八茶百鼠を知っていますか?

“しじゅうはっちゃひゃくねずみ”
と読みます。

これは、江戸時代後期の言葉で

私自身、草木染めを知りこの言葉を実は昨年の忘年会で、お世話になっている染め職人に聞き深く感銘を受けたところでして。

色々と調べてみました。

江戸時代後期ごろ。
町人や商人は徐々に生活が豊かになってきて、
着るモノの素材や色に変化がでてきたそうです。
良いものを着たい。
キレイな色を着たい。
そう思うのは当然の事ですが、

幕府のお役人様は良い顔をしません。

なにせ階級社会にして、
着ているモノの素材と色が大して変わらなく
なってきてしまっているのですから・・・・。

そこで、ぜいたくを禁ずる
“奢侈禁止令(しゃしきんしれい)”を
幾度となく発令しました。

贅沢禁止令です。

それは、
庶民の“着物の色・柄・生地”にまでも
細かい規定を設けたものでした。

確か、食べていいものの他に、
花札やカルタ、花火などの遊びまでも
禁止にされたようです。

衣服(着物)に関して公然と身につけられるモノは
素材は“麻素材”もしくは“綿素材”
色は“茶色”“鼠色”“納戸色(紺色)”
のみと限定されてしまいました。

現代ではありえない話ですが、
もし、みなさんが着て良い色に
制限をかけられたらどうします??
『隠れてコソコソ着る?』
『諦める?』..

何か、中学や高校の頃を連想しますよね。

ちなみに、自分の母校は地域でもかなり有名な厳しい校則で縛られるタイプの方でしたしょぼん

「不純異性交遊はいかんぞ!」も有りの.......

当時の庶民の人々の色彩の欲求は
この3色に集中し、
それぞれの色の中に微妙な色調を工夫して
着物を染め上げ、
それぞれの色彩の違いを楽しんだのです。

そのため、とくに
茶色と鼠系統の多彩な色合いが生まれ、
そのつど、新しい“色名”が次々とつけられたそうです。

決して華やかでない色文化ですが、
粋で洗練された日本の色彩文化がここに誕生しました。

四十八色の茶色と百色の鼠色
(本当は共に100をゆうに越える名前がありますが、
言葉のゴロ遊びで、四十八茶百鼠 という。)
が当時、存在したのにも驚きですが、

その微妙な色彩の違いを当時の人々は
見極め、楽しんでいたというから驚きである。

私達日本人の先祖である。
遠かれど、遺伝子は受け継いでいるはずである。
そもそも、日本人は
色彩を分析し見分ける能力が世界でもトップクラスなのが
科学的に立証されているらしいが、
その遺伝子のおかげであるのかもしれない。

私は色を扱う仕事をしている。
表現するのは、天然のタマネギから抽出した染料による生地のデザインです。
日本人を中心に活動していると、
その生地の大半は“ブラウン”である。


基本は茶色。

そう。  “茶色”  なのだ。

だから、タマネギ染めを駆使するデザイナーとしては茶を極めるのは必然。
それぞれの素材に対して
まさに“四十八茶百鼠”の精神を
引き継いでいくべきでないだろうか。



そんな空想ごっこをしてみながら、
現代に目をやってみると、
言葉は悪いけど、
“色彩に対して現代は非常に幼い”
そんな気がする。自分の仕事にしてもそうだが

深くないというか、奥行きがないのである。


「どうだろう?」


自問自答と、どう伝えたら現代らしくなるのか?


手探りは続きますね。



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