季節は初夏に入っていた、体を動かしていなければそれ程でも無いが、農作業をしていると額から汗が噴出してくる。
俺は袖で汗を拭い、滝の方へ歩いて行き浴びるように水を飲んだ。
水田と森の間にあった切り株は全て取り除かれ、こうやって少し離れて見ると大分畑らしくなってきた。
水田の方を見ると生えている稲も大分伸びていた、もう少し、あと10日もすれば米が実るだろう。
今日は午前も午後も農作業をしていてくたくたに疲れた、俺は鍬を担ぐと水田の間の道を通って家の方へ戻って行った。
家に戻ると家の中には大人達が揃っていた、俺はいつも通り手と足を洗い家の中に入る、今日は宴の日だ。
1ヶ月に1度位だろうか、時折こうして村長さんの家に大人達が集まって宴を開いていた、今日もその宴があるのだ。
俺は家の奥の方から人数分の座布団を取り出して並べる、やがて料理が運ばれてきて宴が始まった。
いつも通り村長が乾杯の音頭をとる、皆乾杯し、お酒を飲んだ、俺もそれに合わせてお酒を飲む、酒が入った器を床に置き、食事に手を付けようとしたところで隣の女性に声を掛けられた、敏子さんだ。
「あの、宴の最中に申し訳ないんだけれども、これ、子供達の所さ一緒に持って行ってくれないかな」
見るとお盆の上に5人分の食事が乗せて置かれていた、宴の最中、子供達は別の家で食事を取って、その日はそこで眠るのだ。
理由はなんとなく分かる、あまり大人達の酔った姿は子供達に見せたくないだろう、シゲさんなんかは特に。
「いいですよ」
俺はそう言って立ち上がった、2人でお盆を手分けして持って行く、子供達の居る家に入ると子供達が駆け寄ってきた。
「はいはい、慌てないで、気をつけて持っていきなさい」
そう言って俺は子供達にお盆を渡す、子供達はロウソクの周りで少し前に教えた線消し遊びをしていたようだ。
相変わらず子供達はあっと言う間に食べ終わる、食べ終わると子供達はまた線消し遊びを始めた。
俺はその様子を少し見ていく事にした、カズキが挑んできた、やはり俺は負けない、どうやら必勝法にはまだ誰も気付いていない様だ。
1度そうして線消し遊びをしているうちに子供達は直ぐに眠ってしまった、疲れていたのだろうか。
眠った子供達に布を掛けてやる、敏子さんは食器を片付け終えると子供達の隣に座って頭を撫でてやっていた。
何故だろう、どこか悲しげに見える。
「敏子さん?」
俺が声を掛けると敏子さんは慌てて言った。
「あ、ごめんなさいね、早く戻らないと」
そう言って立ち上がり家を出ると、小走りで村長の家の方へ向って行った、俺もロウソクを消して立ち上がる。
村長の家に戻ったがどこか様子がおかしい、いや、何がおかしいのかは分からないが、なんというか家の中に居る皆の様子が暗いのだ、照明がロウソクだからとかそういう訳ではない。
その様子が特に顕著なのはシゲさんだ、普段なら酔うと誰構わず絡んでお酒を飲ませようとしているはずなのだが、今日は1人で部屋の少し隅の方に座って大人しくお酒を飲んでいる。
普段は飲まない他の人も宴の日は飲んで結構騒いだりしていたのだが、今日は皆静かで既に眠っている人も居る。
俺は座ってからもしばらく普段とは違う宴の様子を見ていた。
「お料理、冷めちゃってるから盛り直しますね」
そう言って敏子さんは俺の前に置いてあったお椀を持ち上げた。
「あ、ありがとうございます」
敏子さんはお椀に鍋から料理を移す、次に自分の分も盛っていた、俺は差し出されたお椀を受け取ってそれを食べる。
皆疲れているだけなのだろうか、起きている人も普段とは違った宴の雰囲気を気にしている様子も無い。
そういえば俺も今日は朝からずっと農作業をしていて疲れている、食べ終わると直ぐに眠ってしまった。
翌朝、目を覚ますと水瓶の方へ向った、眠い、体が重い、気を抜くと自然とまぶたが閉じてくる、昨日の農作業の疲れだろうか、それとも少しとはいえ昨日の宴でお酒を飲んだせいだろうか。
水瓶の前に着くと手と顔を洗って水を飲んだ、家の中を見たが誰も残っていない、皆もう農作業に向ったのだろう。
俺は昨日の宴の余った料理が釜戸の上に置いてあったのでそれを温めて朝食を済まし、食器を片付けて農作業に向った。
小屋の中から昨日も使った鍬を取り出す、その鍬を担いで水田の置くにある畑に向う、途中大きな欠伸をする、眠い、今日は早めに切り上げよう、そう思って作られたばかりの畑を耕し始めた。
農作業を終えて家に戻る、村長さんもカズキもまだ居なかった、村長さんは分からないが、カズキはきっと広場に居るだろう。
今日は農作業を早めに切り上げたし昼食にはまだ早い、朝起きて直ぐは眠かったが、今は大丈夫だ、そう思って俺は広場へ向かった。
広場に着くと子供達は居た、いつもと様子が違う。
いつもならば広場の中で走り回りながらボールを投げ合って遊んでいるのだが、子供達は広場の入口に集まっていた、ボールも持ってはいるが投げ合ってはいない、ただ俯く様にして広場の入口に立っているのだ。
「どうしたの?」
そう言いながら俺は駆け寄った、その瞬間ある事に気が付く、子供達はカズキ、フタバ、シオン、ダイゴ、ロクスケの5人居たはずだ、だが今この広場にはどう見ても4人しか居ない。
居ないのが誰かは直ぐに分かった、ダイゴだ、俺は俯いたままのカズキに視線を合わせるようにしゃがんで話し掛ける。
「カズキ? ダイゴはどうした?」
カズキは俯いたまま何も話さない、話したくないんじゃどうしようもない、そう思って俺が立ち上がるとカズキは俺の袖を掴んだ。
「どうした?」
もう一度問い掛けるがカズキは何も話さない。
「じゃぁ取り敢えずあっちに座ろう」
そう言って広場の脇にある草が生えている所に向かった、カズキは俺の袖を掴んだまま、その他の子供達も着いてくる。
草の上に腰を下ろす、子供達も俺の周りに座った。
「さて、誰か知ってるかな? ダイゴがどこに行ったか」
誰も答えない、どうしたものか、俺は少し悩んだ。
言いたくない事を言わせるのは大変だ、本人が言いたくなるまで待つしかない、俺はその事をよく分かっていた。
例えば、押してはいけないボタンがあったとして人はついそのボタンを押してしまう事がある、だが、言いたくない事は言わない、口を滑らすという言葉もあるが、それは本人に隠すつもりが無かっただけだ。
例えが物騒だが、死刑を執行するスイッチも似たような話だ、いくつかのボタンを何人かの人に持たせて同時に押す、誰が押したスイッチで執行されたかはスイッチを押した本人にも分からない。
もしボタンが1つだけだったらそれを押せる人はいないだろう、自分がやったという認識が薄いからこそ押せる。
隠し事も一緒で、何かの拍子に相手に推測されるヒントなんかは言ってしまう事はあるが、言ったらばれてしまうという事を認識した上で、自分の口からはっきりと言う事はなかなか無い。
しかし子供達の様子を見ていると言いたくないのとは違う、子供達自身でも何が起こったのかよく分かっていない、いや、分かっていないと言うよりは何かに怯えている様に見えた。
しばらくそうして広場の脇にある草の上に座ったままでいるとカズキが俯いていた顔を上げて口を開いた。
「ダイゴは……」
小さい声だ、俺は慌てて聞き返す。
「ダイゴがどうしたの?」
「ダイゴは森に行って大蛇様に」
カズキはそこまで言うとまた俯き、泣き出してしまった、はっきりとは聞こえなかったが確かに大蛇様、そう言っていた。
気がつくともう昼食の時間だ。
「取り敢えず、お昼ご飯食べて、それから遊ぼう」
そう言うと俺は立ち上がって服に付いていた草を払った。
子供達と一緒に広場を出て村へ戻る、家の近くまで来ると子供達はそれぞれの家に向って走って行く、俺とカズキも村長さんの家に入った。
中に入ると村長さんが居た、俺は釜戸の前に立ち昼食を作り始める、カズキは家の中に入って大人しく待っていた。
3人分の食事を用意して家の中に持って行く、カズキはもう泣き止んでいたが表情は暗いままだ。
「ごちそうさま」
カズキはそう言って立ち上がると、食器を片付け家の外に出て行った、いつも通り広場へ向ったのだろう。
村長さんと俺も食事を食べ終わり、食器を片付ける、食器を洗いながら俺は考えていた、ダイゴがいなくなった事を。
子供達は何か知っているのだろうか、カズキは何か言い掛けていた、大蛇様、本当にそんなものは居るのだろうか、もう広場で一度子供達に聞いてみるべきだろうか、いやそれよりも。
食器を片付け終わると俺は広場へは向わずに家の中へ戻った、村長さんが座っている、俺はその隣に座ると話し掛けた。
「あの、聞きたい事が、いや、その前に言いたい事が」
村長さんは何も言わずに座っている、俺は続けて言った。
「ダイゴが、いないんです、それで、子供達に聞いたんですが大蛇様に、とだけ言って、それ以上は何も言ってくれなくて」
村長さんは少し俯いた、何も答えてはくれない。
「それで、村長さんなら何か知っているかと思って」
「大蛇様じゃよ」
「え?」
村長さんは急に口を開いた、俺は思わず聞き返した。
「あの、大蛇様って」
「いつだったか話したじゃろ、森に棲んどる、大蛇様は村を守ってくれとるが子供を連れて行ってしまう事があるんじゃ」
「生贄、って事ですか?」
村長さんは答えなかった、俺は続けて聞く。
「子供達は、知ってるんですか?」
村長さんは黙って頷いた、俺は立ち上がって家を出た、歩いて広場へ向う、広場へ着くと子供達は遊んでいた、4人で。
俺は広場の中には向わずに、脇にある草の上に腰を下ろして考えた。
ダイゴがいなくなったのは昨日の夜、眠ってからだろう、夕食を持っていった時には確かに5人揃っていた。
気が付くと子供達が俺の周りに立っていた、子供達は皆揃って心配そうに座ったままの俺を見ている。
「ああ、ごめん」
そう言って立ち上がると俺はカズキの頭を撫でてやった。
「一緒に遊ぼ」
そう言ってカズキは俺にボールを渡す、子供達だってカズキの事を心配しているのだろう、俺がこの村に来る前から一緒に居た事を考えると俺よりに悲しい思いをしているのかもしれない。
いや、それ以上に同年代の子供が居なくなって自分達も不安だろう、そんな子供達に俺が心配を掛ける訳にはいかない。
俺はボールを持って広場の中央に走って行く、子供達も付いてきた、しばらく俺は子供達と広場で遊んだ。
「ごめん、ちょっと用事があるから」
そう言って俺は広場から出る、子供達は、はーいと返事をするとまた遊び始めた、夕食にはまだ少し早い時間だがダイゴが居なくなってしまった事について確かめたい事があったのだ。
畑の間を抜け、家のある方へ向う、村長さんの家とは別の家に向った、確か悟さんと敏子さん、そしてダイゴが住んでいた家だ。
「すみません」
そう言いながら家の中に入る、入口の近くの釜戸の前に敏子さんが居た、多分夕食の準備をしているのだろう、少し驚いた様子でこちらを見ておじぎをする、俺もおじぎをしてから言った。
「あの、ダイゴ君の事で聞きたい事があって、もう、知ってますよね? ダイゴ君がいなくなっている事」
敏子さんは頷いてから小さな声で言った。
「ええ、大蛇様に連れて行かれてしまった」
「あの、大蛇様って何なんですか?」
「大蛇様は、この村を囲んでる森に棲んでて……」
「それは、わかってます」
俺は敏子さんの言葉を遮るように言った。
「でも、それは子供達が森に入らないようにする為の言い伝えで本当に子供を連れて行ってしまうなんて」
「大蛇様は居ます!」
敏子さんは少し大きな声で言った。
「大蛇様が居なければこの村は、でも、でも、今回はあの子を、ダイゴを連れて行ってしまった」
敏子さんは続けてそう言うと泣き崩れた、俺が広場で一緒に遊んでいた時以外、ダイゴの面倒をずっと見ていたのは敏子さんだ、いや、ダイゴ以外でも敏子さんは子供達の面倒をよく見ていた。
俺がこの村に着てからは俺が遊んでやる事が多かったが、そのずっと前から敏子さんはそうしてきたのだろう。
そう思うと申し訳ない気持ちになった、気付くと敏子さんは立ち上がっていった、目は赤く腫れている。
「ごめんなさいね、でも、子供の事を思うと」
「いえ、こちらこそすみません、お邪魔しました」
そう言いながら頭を下げると俺は敏子さんの居る家から出た、これ以上あの敏子さんにダイゴの事を聞くのは気が引ける、それよりも敏子さんの様子を見ていると俺自身泣き出してしまいそうだ。
俺は他の大人達にも聞いてみよう、そう思って水田の方へ向った。
大人達はまだ水田や畑の方で農作業をしていた、俺は1人ずつダイゴの事を聞いて回るが、答えは皆同じ様な内容だった。
大蛇様が連れて行ってしまった、大人達も皆、大蛇様の事を信じているといった口振りでそう言うのだ。
まさか、そんなものいる訳が無い、そう思って俺は首を振る。
たとえ大昔からあった話だとしても、大体は子供が危ない目に遭ったり、悪戯をしたりしない様に大人達が作った嘘だ。
だが、この村に来る前、森の中で見たあの赤い光はなんだったのだろう、もしかして本当に大蛇様は居るのだろうか。
そんな事を考えていると後ろから声を掛けられた、信夫さんだ。
「おーい」
「あ、お疲れ様です」
俺はおじぎをする。
「あんた、ダイゴの事皆に聞いてるんだって?」
「ええ、でも皆、大蛇様に連れて行かれたとしか」
「んー、大蛇様に連れて行かれちゃったのはしょうがないから、それに、子供達もあんたが元気ないと心配するし」
確かに子供達を不安にさせるのはよくない。
「そうですね、すみません」
「だがら、あんたも子供達が森に入ったり、近づいたりしないように、ちゃんと見ててちょうだい、それに子供達にはあまり大蛇様の事は言わないどいで、子供達はすごく怖がるがら」
「はい、わかりました」
そう言って俺は家に戻る、信夫さんも自分の家の方へ歩いて行った。
家の中に入るとカズキも既に帰ってきていた、俺は手を洗い、釜戸の前に立って夕食の準備をする。
その日は夕食を食べ終わると村長と将棋も指さずに床に就いた、カズキは俺の隣で横になって手を握ってきた、怖いのだろう、自分と同じ位の歳の子供が行方不明になったのだ、怖くないはずが無い。
俺はカズキの手を握るとそのまま眠った。
翌朝、俺は目を覚ますと朝食の支度をする、朝食を食べ終わるとカズキはボールを持って家の外へ走っていった、広場へ向うのだろう。
その様子を見届けてから村長さんに言う。
俺は袖で汗を拭い、滝の方へ歩いて行き浴びるように水を飲んだ。
水田と森の間にあった切り株は全て取り除かれ、こうやって少し離れて見ると大分畑らしくなってきた。
水田の方を見ると生えている稲も大分伸びていた、もう少し、あと10日もすれば米が実るだろう。
今日は午前も午後も農作業をしていてくたくたに疲れた、俺は鍬を担ぐと水田の間の道を通って家の方へ戻って行った。
家に戻ると家の中には大人達が揃っていた、俺はいつも通り手と足を洗い家の中に入る、今日は宴の日だ。
1ヶ月に1度位だろうか、時折こうして村長さんの家に大人達が集まって宴を開いていた、今日もその宴があるのだ。
俺は家の奥の方から人数分の座布団を取り出して並べる、やがて料理が運ばれてきて宴が始まった。
いつも通り村長が乾杯の音頭をとる、皆乾杯し、お酒を飲んだ、俺もそれに合わせてお酒を飲む、酒が入った器を床に置き、食事に手を付けようとしたところで隣の女性に声を掛けられた、敏子さんだ。
「あの、宴の最中に申し訳ないんだけれども、これ、子供達の所さ一緒に持って行ってくれないかな」
見るとお盆の上に5人分の食事が乗せて置かれていた、宴の最中、子供達は別の家で食事を取って、その日はそこで眠るのだ。
理由はなんとなく分かる、あまり大人達の酔った姿は子供達に見せたくないだろう、シゲさんなんかは特に。
「いいですよ」
俺はそう言って立ち上がった、2人でお盆を手分けして持って行く、子供達の居る家に入ると子供達が駆け寄ってきた。
「はいはい、慌てないで、気をつけて持っていきなさい」
そう言って俺は子供達にお盆を渡す、子供達はロウソクの周りで少し前に教えた線消し遊びをしていたようだ。
相変わらず子供達はあっと言う間に食べ終わる、食べ終わると子供達はまた線消し遊びを始めた。
俺はその様子を少し見ていく事にした、カズキが挑んできた、やはり俺は負けない、どうやら必勝法にはまだ誰も気付いていない様だ。
1度そうして線消し遊びをしているうちに子供達は直ぐに眠ってしまった、疲れていたのだろうか。
眠った子供達に布を掛けてやる、敏子さんは食器を片付け終えると子供達の隣に座って頭を撫でてやっていた。
何故だろう、どこか悲しげに見える。
「敏子さん?」
俺が声を掛けると敏子さんは慌てて言った。
「あ、ごめんなさいね、早く戻らないと」
そう言って立ち上がり家を出ると、小走りで村長の家の方へ向って行った、俺もロウソクを消して立ち上がる。
村長の家に戻ったがどこか様子がおかしい、いや、何がおかしいのかは分からないが、なんというか家の中に居る皆の様子が暗いのだ、照明がロウソクだからとかそういう訳ではない。
その様子が特に顕著なのはシゲさんだ、普段なら酔うと誰構わず絡んでお酒を飲ませようとしているはずなのだが、今日は1人で部屋の少し隅の方に座って大人しくお酒を飲んでいる。
普段は飲まない他の人も宴の日は飲んで結構騒いだりしていたのだが、今日は皆静かで既に眠っている人も居る。
俺は座ってからもしばらく普段とは違う宴の様子を見ていた。
「お料理、冷めちゃってるから盛り直しますね」
そう言って敏子さんは俺の前に置いてあったお椀を持ち上げた。
「あ、ありがとうございます」
敏子さんはお椀に鍋から料理を移す、次に自分の分も盛っていた、俺は差し出されたお椀を受け取ってそれを食べる。
皆疲れているだけなのだろうか、起きている人も普段とは違った宴の雰囲気を気にしている様子も無い。
そういえば俺も今日は朝からずっと農作業をしていて疲れている、食べ終わると直ぐに眠ってしまった。
翌朝、目を覚ますと水瓶の方へ向った、眠い、体が重い、気を抜くと自然とまぶたが閉じてくる、昨日の農作業の疲れだろうか、それとも少しとはいえ昨日の宴でお酒を飲んだせいだろうか。
水瓶の前に着くと手と顔を洗って水を飲んだ、家の中を見たが誰も残っていない、皆もう農作業に向ったのだろう。
俺は昨日の宴の余った料理が釜戸の上に置いてあったのでそれを温めて朝食を済まし、食器を片付けて農作業に向った。
小屋の中から昨日も使った鍬を取り出す、その鍬を担いで水田の置くにある畑に向う、途中大きな欠伸をする、眠い、今日は早めに切り上げよう、そう思って作られたばかりの畑を耕し始めた。
農作業を終えて家に戻る、村長さんもカズキもまだ居なかった、村長さんは分からないが、カズキはきっと広場に居るだろう。
今日は農作業を早めに切り上げたし昼食にはまだ早い、朝起きて直ぐは眠かったが、今は大丈夫だ、そう思って俺は広場へ向かった。
広場に着くと子供達は居た、いつもと様子が違う。
いつもならば広場の中で走り回りながらボールを投げ合って遊んでいるのだが、子供達は広場の入口に集まっていた、ボールも持ってはいるが投げ合ってはいない、ただ俯く様にして広場の入口に立っているのだ。
「どうしたの?」
そう言いながら俺は駆け寄った、その瞬間ある事に気が付く、子供達はカズキ、フタバ、シオン、ダイゴ、ロクスケの5人居たはずだ、だが今この広場にはどう見ても4人しか居ない。
居ないのが誰かは直ぐに分かった、ダイゴだ、俺は俯いたままのカズキに視線を合わせるようにしゃがんで話し掛ける。
「カズキ? ダイゴはどうした?」
カズキは俯いたまま何も話さない、話したくないんじゃどうしようもない、そう思って俺が立ち上がるとカズキは俺の袖を掴んだ。
「どうした?」
もう一度問い掛けるがカズキは何も話さない。
「じゃぁ取り敢えずあっちに座ろう」
そう言って広場の脇にある草が生えている所に向かった、カズキは俺の袖を掴んだまま、その他の子供達も着いてくる。
草の上に腰を下ろす、子供達も俺の周りに座った。
「さて、誰か知ってるかな? ダイゴがどこに行ったか」
誰も答えない、どうしたものか、俺は少し悩んだ。
言いたくない事を言わせるのは大変だ、本人が言いたくなるまで待つしかない、俺はその事をよく分かっていた。
例えば、押してはいけないボタンがあったとして人はついそのボタンを押してしまう事がある、だが、言いたくない事は言わない、口を滑らすという言葉もあるが、それは本人に隠すつもりが無かっただけだ。
例えが物騒だが、死刑を執行するスイッチも似たような話だ、いくつかのボタンを何人かの人に持たせて同時に押す、誰が押したスイッチで執行されたかはスイッチを押した本人にも分からない。
もしボタンが1つだけだったらそれを押せる人はいないだろう、自分がやったという認識が薄いからこそ押せる。
隠し事も一緒で、何かの拍子に相手に推測されるヒントなんかは言ってしまう事はあるが、言ったらばれてしまうという事を認識した上で、自分の口からはっきりと言う事はなかなか無い。
しかし子供達の様子を見ていると言いたくないのとは違う、子供達自身でも何が起こったのかよく分かっていない、いや、分かっていないと言うよりは何かに怯えている様に見えた。
しばらくそうして広場の脇にある草の上に座ったままでいるとカズキが俯いていた顔を上げて口を開いた。
「ダイゴは……」
小さい声だ、俺は慌てて聞き返す。
「ダイゴがどうしたの?」
「ダイゴは森に行って大蛇様に」
カズキはそこまで言うとまた俯き、泣き出してしまった、はっきりとは聞こえなかったが確かに大蛇様、そう言っていた。
気がつくともう昼食の時間だ。
「取り敢えず、お昼ご飯食べて、それから遊ぼう」
そう言うと俺は立ち上がって服に付いていた草を払った。
子供達と一緒に広場を出て村へ戻る、家の近くまで来ると子供達はそれぞれの家に向って走って行く、俺とカズキも村長さんの家に入った。
中に入ると村長さんが居た、俺は釜戸の前に立ち昼食を作り始める、カズキは家の中に入って大人しく待っていた。
3人分の食事を用意して家の中に持って行く、カズキはもう泣き止んでいたが表情は暗いままだ。
「ごちそうさま」
カズキはそう言って立ち上がると、食器を片付け家の外に出て行った、いつも通り広場へ向ったのだろう。
村長さんと俺も食事を食べ終わり、食器を片付ける、食器を洗いながら俺は考えていた、ダイゴがいなくなった事を。
子供達は何か知っているのだろうか、カズキは何か言い掛けていた、大蛇様、本当にそんなものは居るのだろうか、もう広場で一度子供達に聞いてみるべきだろうか、いやそれよりも。
食器を片付け終わると俺は広場へは向わずに家の中へ戻った、村長さんが座っている、俺はその隣に座ると話し掛けた。
「あの、聞きたい事が、いや、その前に言いたい事が」
村長さんは何も言わずに座っている、俺は続けて言った。
「ダイゴが、いないんです、それで、子供達に聞いたんですが大蛇様に、とだけ言って、それ以上は何も言ってくれなくて」
村長さんは少し俯いた、何も答えてはくれない。
「それで、村長さんなら何か知っているかと思って」
「大蛇様じゃよ」
「え?」
村長さんは急に口を開いた、俺は思わず聞き返した。
「あの、大蛇様って」
「いつだったか話したじゃろ、森に棲んどる、大蛇様は村を守ってくれとるが子供を連れて行ってしまう事があるんじゃ」
「生贄、って事ですか?」
村長さんは答えなかった、俺は続けて聞く。
「子供達は、知ってるんですか?」
村長さんは黙って頷いた、俺は立ち上がって家を出た、歩いて広場へ向う、広場へ着くと子供達は遊んでいた、4人で。
俺は広場の中には向わずに、脇にある草の上に腰を下ろして考えた。
ダイゴがいなくなったのは昨日の夜、眠ってからだろう、夕食を持っていった時には確かに5人揃っていた。
気が付くと子供達が俺の周りに立っていた、子供達は皆揃って心配そうに座ったままの俺を見ている。
「ああ、ごめん」
そう言って立ち上がると俺はカズキの頭を撫でてやった。
「一緒に遊ぼ」
そう言ってカズキは俺にボールを渡す、子供達だってカズキの事を心配しているのだろう、俺がこの村に来る前から一緒に居た事を考えると俺よりに悲しい思いをしているのかもしれない。
いや、それ以上に同年代の子供が居なくなって自分達も不安だろう、そんな子供達に俺が心配を掛ける訳にはいかない。
俺はボールを持って広場の中央に走って行く、子供達も付いてきた、しばらく俺は子供達と広場で遊んだ。
「ごめん、ちょっと用事があるから」
そう言って俺は広場から出る、子供達は、はーいと返事をするとまた遊び始めた、夕食にはまだ少し早い時間だがダイゴが居なくなってしまった事について確かめたい事があったのだ。
畑の間を抜け、家のある方へ向う、村長さんの家とは別の家に向った、確か悟さんと敏子さん、そしてダイゴが住んでいた家だ。
「すみません」
そう言いながら家の中に入る、入口の近くの釜戸の前に敏子さんが居た、多分夕食の準備をしているのだろう、少し驚いた様子でこちらを見ておじぎをする、俺もおじぎをしてから言った。
「あの、ダイゴ君の事で聞きたい事があって、もう、知ってますよね? ダイゴ君がいなくなっている事」
敏子さんは頷いてから小さな声で言った。
「ええ、大蛇様に連れて行かれてしまった」
「あの、大蛇様って何なんですか?」
「大蛇様は、この村を囲んでる森に棲んでて……」
「それは、わかってます」
俺は敏子さんの言葉を遮るように言った。
「でも、それは子供達が森に入らないようにする為の言い伝えで本当に子供を連れて行ってしまうなんて」
「大蛇様は居ます!」
敏子さんは少し大きな声で言った。
「大蛇様が居なければこの村は、でも、でも、今回はあの子を、ダイゴを連れて行ってしまった」
敏子さんは続けてそう言うと泣き崩れた、俺が広場で一緒に遊んでいた時以外、ダイゴの面倒をずっと見ていたのは敏子さんだ、いや、ダイゴ以外でも敏子さんは子供達の面倒をよく見ていた。
俺がこの村に着てからは俺が遊んでやる事が多かったが、そのずっと前から敏子さんはそうしてきたのだろう。
そう思うと申し訳ない気持ちになった、気付くと敏子さんは立ち上がっていった、目は赤く腫れている。
「ごめんなさいね、でも、子供の事を思うと」
「いえ、こちらこそすみません、お邪魔しました」
そう言いながら頭を下げると俺は敏子さんの居る家から出た、これ以上あの敏子さんにダイゴの事を聞くのは気が引ける、それよりも敏子さんの様子を見ていると俺自身泣き出してしまいそうだ。
俺は他の大人達にも聞いてみよう、そう思って水田の方へ向った。
大人達はまだ水田や畑の方で農作業をしていた、俺は1人ずつダイゴの事を聞いて回るが、答えは皆同じ様な内容だった。
大蛇様が連れて行ってしまった、大人達も皆、大蛇様の事を信じているといった口振りでそう言うのだ。
まさか、そんなものいる訳が無い、そう思って俺は首を振る。
たとえ大昔からあった話だとしても、大体は子供が危ない目に遭ったり、悪戯をしたりしない様に大人達が作った嘘だ。
だが、この村に来る前、森の中で見たあの赤い光はなんだったのだろう、もしかして本当に大蛇様は居るのだろうか。
そんな事を考えていると後ろから声を掛けられた、信夫さんだ。
「おーい」
「あ、お疲れ様です」
俺はおじぎをする。
「あんた、ダイゴの事皆に聞いてるんだって?」
「ええ、でも皆、大蛇様に連れて行かれたとしか」
「んー、大蛇様に連れて行かれちゃったのはしょうがないから、それに、子供達もあんたが元気ないと心配するし」
確かに子供達を不安にさせるのはよくない。
「そうですね、すみません」
「だがら、あんたも子供達が森に入ったり、近づいたりしないように、ちゃんと見ててちょうだい、それに子供達にはあまり大蛇様の事は言わないどいで、子供達はすごく怖がるがら」
「はい、わかりました」
そう言って俺は家に戻る、信夫さんも自分の家の方へ歩いて行った。
家の中に入るとカズキも既に帰ってきていた、俺は手を洗い、釜戸の前に立って夕食の準備をする。
その日は夕食を食べ終わると村長と将棋も指さずに床に就いた、カズキは俺の隣で横になって手を握ってきた、怖いのだろう、自分と同じ位の歳の子供が行方不明になったのだ、怖くないはずが無い。
俺はカズキの手を握るとそのまま眠った。
翌朝、俺は目を覚ますと朝食の支度をする、朝食を食べ終わるとカズキはボールを持って家の外へ走っていった、広場へ向うのだろう。
その様子を見届けてから村長さんに言う。