「あの」
「ん?」
「ダイゴ君は大蛇様に連れて行かれたんですよね? 森の中に棲むという」
「ああ、そんだ」
「じゃあ、村の人達で森に捜しに行く事って出来ないですかね」
 それを聞いて村長さんは少し溜め息をついて言った。
「んー、あまり、森の中さは入って欲しくないんじゃけどものう」
「ええ、なので大人の男の人だけでなんとか」
「まぁ取り敢えず、だいちゃんは仕事してきなさい、村の人達には私の方がらそういう風に話ておぐがら」
「お願いします」
 俺はそう言って頭を下げると農作業をしに向った。
 森と水田の間に作っている畑はもう大分出来上がってきた、今年は間に合わないだろうが来年には畑として使えるだろう。
 俺はいつもの様に奥にある滝に行って水を飲む、真夏の様にジリジリと肌を焼くような日差しではないがもう大分暑くなってきた。
 俺は袖で顔を拭くと鍬を担いで家の方へ戻っていった。
 家の中に入ると中に大勢の人が居た、子供達は居ない、大人達だけだ、俺はおじぎをしながら家の中に入った。
 俺が来た事に気付くと村長さんが言った。
「さっき話した通りだけれども、だいちゃんがダイゴ捜しに森に行きたいって事なんだけれどもどんだべ?」
 皆黙って聞いている、村長さんは続けて言った。
「皆心配しでるど思うけども、特にだいちゃんは子供達とも仲良くしてだし、なんとか捜しに行ってくれないかな」
「お願いします」
 そう言って俺は頭を下げる。
「まぁしょうがないべな」
 そう言ったのは信夫さんだ。
「明るいうちだげでもいいはんで、子供達は女の人さ見ででもらって、男達だげでも行って来るべ」
「ありがとうございます!」
 そう言って俺はまた頭を下げる。
「じゃぁ男の人は皆山さ入る準備してきて、直ぐに出発するべ」
 村長さんがそう言うと皆自分の家に戻って行った、俺も急いで支度をする、草鞋を履き、軍手を着ける、小屋に向いながら俺は言った。
「村長さん、懐中電灯は持って行ったほうがいいかな?」
「いやー、暗ぐなるまでには帰ってこねば駄目だから」
 村での生活自体は古風なものだが、懐中電灯なんかは念の為に備えてあり、懐中電灯なんかは小屋に置いてあるのだ、この軍手だってそうだ、火を点ける時だってライターを使っていた。
 支度を終えると村の真ん中を通っている道に出る、既に皆揃っていた。
「じゃぁ行ぎますか」
 悟さんがそう言うと男5人揃って歩いて行く、家の間を抜け畑の方に出る、広場で遊んでいた子供達がその様子を見て駆け寄ってきた。
「森に行くの?」
 そう言ったのはロクスケだ。
「ああ、皆で行くから大丈夫だよ」
 俺はそう言って頭を撫でてやる。
「うん、絶対帰ってきてね」
「わかってるよ、約束する」
 そう言ってロクスケと指切りをすると俺はまた歩き出した、実際に森に入る事自体はそれ程心配ではなかった。
 俺は実際に森の中、しかも夜に通ってこの村まで来た訳だし、俺は初めてだが村の人は何度か森へ行って山菜やキノコを採ってきたりしている。
 だが考えてみるとおかしい、森には大蛇様が棲んでいるという話だ、それは子供達が森に入らない為の嘘だと思っていたが、村長さんや敏子さん、そして他の大人達もそれは信じている様なのだ。
 それなのに何故、山菜を採る為だけに森に入る事があるのだろう、確かに村で栽培している野菜だけでは食卓が寂しい、しかし森がそんなに危険ならばそれだけの為にわざわざ森の中に入るだろうか。
 いや、今はそんな事を考えるよりもダイゴを捜すのが先だ、見つからないかもしれないがせめて手掛かりでも。
 畑の間を抜けると森に入った、道は森の中まで少し続いていたが、直ぐに途切れて道は無くなる。
 森の中に入ってから少ししたところで悟さんが言った。
「じゃぁこっから、ぐるっと村の周り見でいぐべ」
「わ達はこっちから、お前達はそっちから頼むじゃ」
 そう言ったのはシゲさんだ、悟さんとシゲさんと隆文さん、信夫さんと和夫さんと俺、その3人ずつに分かれて村の周りを捜す事になった。
「じゃぁ病院の裏で」
 そう言ってそれぞれ森の中を歩き出す。
 森の中は村の方に向って斜面になっている、所々急な坂になっている場所があり、地面に手を着きながら進んで行く。
「おーい!」
 森の奥の方向から呼ぶ様な声がした、時折こうして声を上げて互いの居る場所を確認する。
 捜す範囲を広げる為に3人固まってではなく、少し離れて並ぶ様にして森の中を進んでいるからだ。
「はーい!」
 俺は声が聞こえた方へ大きな声で返事をする、俺は一番内側、村の方向に近い場所を歩いていた。
 内側に目を向けると、木々の隙間から時々村が見える、今はちょうど家がある所の真横辺りだろうか。
 木々の隙間を通り、胸の辺りまで伸びた草を掻き分けながら進んで行く、思えばよくこんな森を夜中に抜けて来たものだ。
 家の横の森の中を抜け、水田、新しく作っている畑、病院と村の間にある森、病院の裏側と森の中を進んで行く。
 しばらくそうして進んで行くと木々が無くなり、草だけの場所があった、空を見上げると暗くなり始めていた。
 斜面の上の方から信夫さんと和夫さんが降りてきた。
「おーい、もう出るべ」
 どうやら病院の裏まで来てしまったらしい、結局ダイゴの手掛かりも何も無かった、俺は2人の後に付いて斜面を下って行く。
 森を抜けると直ぐにコンクリートの地面になった、病院の敷地内だ、悟さん達は先に着いていたらしい。
 悟さん達は病院の敷地内でなにやら話している様だ。
「なんにも無がったー」
 そう言いながら信夫さんは歩いて行く、俺は奥に居る悟さん達の様子を見た、シゲさんが手に何か持っている。
 俺は駆け寄って行った、シゲさんが手に持っているのは草履だ、鼻緒の色に見覚えがある、間違いないダイゴが履いていた物だ。
「シゲさん! この草履何処で?」
 俺は慌てて言った。
「あ、ああ、ちょうど田んぼの脇辺りがな、森に落ちでだよ」
 シゲさんから草履を受け取る、これが森の中に在ったという事は、やはりダイゴは森の中、大蛇様に。
「おーい、どうしたの?」
 病院の方から声がした、村上さんだ。
「おー、先生、いや、ちょっと村の子供、1人大蛇様さ連れで行がれで」
 村上さんは、なるほどと言った表情で聞いている、村で言われている大蛇様の事はわかっている様子だ。
「それで、だいちゃん、子供達ど仲良くしでだはんで、心配だって言って村の男で森の中捜してきたところだ」
「だいちゃん? ああ、大樹君か」
 村上さんはそう言ってこっちを見た、俺はおじぎをする。
「まぁ取り敢えずもう村に戻った方がいい、暗くなったら皆心配するだろう」
 村上さんはそう言った。
「そんだね、じゃぁまた、先生」
 悟さんがそう言うと俺達は揃って村の方へ戻って行った、村上さんも病院の中へ戻って行く。
 村に戻ると皆で村長さんの家に向った、それぞれ草鞋を脱いで手と足を洗い家の中に入る、子供達は別の家に居るようだ。
 俺もダイゴの草履を入口に置き、草鞋を脱いで手と足を洗う、釜戸の方を見ると既に夕食の準備は出来ていた。
 その光景を見てはっと思い出した。
 そういえば、ダイゴがいなくなった事に気付き、村の大人達に何か知らないか聞きに行った時、まず敏子さんが居る家に行った、そして釜戸の前でダイゴが居なくなった事について敏子さんと話した。
 そこにこの草履は在った気がする、いや、確かにあった、今俺が置いた様に入口にダイゴの草履は敏子さんの家にあった。
「おーい、だいちゃんもこっちさ」
 家の奥から呼ぶ声がする、俺は水瓶の蓋を閉めるとダイゴの草履を持って家の中へ入っていった。
 村長さんとさっきまで一緒に歩いてきた男達が座っている、村長さんは俺の方を向いて言った。
「森の中さ草鞋があったて聞いだけれども」
「あ、ああ、これです」
 俺は少し躊躇ったが、村長さんの隣に歩いて行くと立ったまま草鞋を村長さんに手渡した。
「んー」
 村長さんはただ少し唸るようにしてそれを見ている、しばらくそうして見ていたが、草鞋を俺の方に差し出しながら言った。
「これは子供達には見せない方がいいべ、小屋に置いどいで」
「あ、はい、わかりました」
 そう言って草鞋を受け取ると俺は入口の方へ向う、自分の草履を履きながらさっきまで履いていた草鞋を見る。
 ぼろぼろだ、農作業をする分には草履でも問題ないが新しい草履を早く作っておかなければ、そう思って小屋に向った。
 小屋にダイゴの草鞋を置いて家の中に戻る、皆夕食を食べていた、俺が戻って来たことに気付くとシゲさんが言った。
「おーい、だいちゃんも早く、こっちさきて食べで」
 俺も座って夕食を食べる、食べ終わると男達は皆それぞれ自分の家に帰っていった、今日は農作業もしたし、その後に森の中を歩いて疲れたのだろう、シゲさんなんかは大きく欠伸をしていた。
 俺も食器を片付けると直ぐに床に就いた、だが眠りはせずに、さっき気になったダイゴの草履の事を考える。
 一昨日、ダイゴがいなくなった事に気付いた日だ、あの日の午前中、俺は農作業をしていた、そして昼食前に広場に行って、そこで子供達に会ってダイゴだけがいない事に気付いた。
 それから家に戻って昼食を食べて、村長さんに聞いたのだ、大蛇様に連れて行かれたと、敏子さんの家に行ったのはその後だ。
 そこで敏子さんにダイゴの事を聞いた、敏子さんは大蛇様に連れて行かれてしまったと言って泣き崩れてしまった。
 その様子を見ていた時、その前日食事を持って行った時と同じ場所にダイゴの草履があるのを見たのだ。
 それから村の人それぞれにダイゴの事を聞いて周った、翌日の午前中に村長さんに話、午後から森に入る。
 つまり俺が敏子さんの家でダイゴの草履を見てから、森の中で見つけるまでの間に、ダイゴの草履は森の中に移動した事になる。
 草履が勝手に動き出す訳が無い、ダイゴが居なくなった時には草履は家の中に在ったのだ。
 その後、誰かが森の中にダイゴの草履を捨てた、俺は自分自身に問い掛ける様にしながら考える。
「誰が?」
 村の人だろう、それ以外の人が村に居たら目立ち過ぎる。
「何の為に?」
 ダイゴが山の中に、大蛇様にさらわれたと思わせる為だ。
 大蛇様にさらわれた、俺は今そう思った、だが村の人に聞いた時は皆、大蛇様に連れて行かれた、確かにそう言っていた。
 大蛇様、その呼び方からは巨大な蛇を想像するが、ならば、連れて行かれた、と言うだろうか。
 想像上の巨大な蛇の仕業だとしたら、さらわれた、だとか、食べられた、生贄になった、等と言うのでは無いだろうか。
 大蛇様に連れて行かれた、そう言っているという事は村の人はダイゴを連れて行ったものを知っている。
 そしてそれは間違いなく人だ、子供をさらう巨大な蛇など居る訳が無い、大蛇様と呼んでいるだけだ。
 そう考えると、ダイゴの草履が森で見つかった理由は、俺に大蛇様の仕業だと思わせる為だろう。
 ダイゴを捜す為に森の中に入りたいと言い出したのは俺だ、それを聞いて森の中へダイゴを捜しに行く時に草履を持って森の中に入る。
 そして森の中を探し回った後、俺に森の中で見つけたと言ってダイゴの草履を見せればいいのだ。
 村の人、多分大人達だけだろうが、俺にダイゴがいなくなった本当の理由を隠そうとしている。
 だとすればこのまま村に居るのは危険だろうか、いや、今まで大丈夫だったし、わざわざダイゴの草履が森の中に在った様に思わせるという事は、俺に何かしようというつもりは無いのだろう。
 だが何か隠そうとしている事に気付いてしまったという事は村の大人達には知られない方がいい、ダイゴがいなくなった事に関して村の人に色々聞いて周るのも止めた方がいいだろう。
 しかし、ダイゴの事を敏子さんに聞いた時、敏子さんは泣き崩れてしまった、とても演技とは思えない。
 いや、俺にダイゴがいなくなった本当の理由を隠そうとするならそんな演技はする必要が無い。
 俺は敏子さんの様子を思い出しながら考える、始めはこの村は養護施設の様な物だと思っていた。
 身寄りの居ない子供達を村の大人達が引き取って、皆で協力して育てている、そう思っていた。
 しかし、子供達は皆、小学校高学年位の歳だが今まで見てきた限りでは教育を受けている様子は無い、大人になっても外の社会に出る事は無く、一生この村で暮すという事なのだろうか。
 そんな養護施設は聞いた事が無い。
 それに大人達が養護施設の職員の様な役割だとするならば、その接し方にも違和感があった。
 農作業が忙しいだけなのかと思っていたが、必要な時以外は極力子供達とは関わらないようにしている、そういう風に見えるのだ。
 しかし、敏子さんが泣いていた事を考えると、ダイゴがいなくなった事は本当に辛かったのだろう。
 しかし逆に考えればそれは、ダイゴは養護施設から出て行ったというだけの事では無く、もっと重くて辛い出来事、ダイゴとは2度と会えなくなったという事を意味している様に思えた。
 俺はある事に気付いた、敏子さんはあの時、今回はダイゴを連れて行ってしまった、確かにそう言っていた。
 今回は、という事は今までにも子供がいなくなった事があるのだろうか、そして次もあるという事なのだろうか。
 どちらにせよこれ以上子供達を大蛇様に連れて行かれたくは無い、たとえそれがこの村に必要な事だとしても、生贄なんて許される訳が無い。
 そう思って深く息を吐くと俺は眠ってしまった。